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17世紀の風景画展 [☆彡Paris  展覧会]

  パリのグランパレで、「17世紀の風景画展」(6月6日まで開催)を見た。
1600年から1650年のローマの風景、カラッチ、プッサン、ロラン、、が副題。

NatureetIdeal.JPG fig0

 西洋美術で17世紀に、風景画は、ひとつのジャンルとなった。
それ以前、風景は絵画の背景に描かれる要素でしかなかった。

 風景画を確立したのは、アンニーバレ・カラッチ(1560~1609)である。
カラッチは、イタリアのボローニャの画家一族の家に生まれた。
バロック様式の画家としての才能を認められ、ファルネーゼ卿からローマによばれた。
新しく建てる宮殿の壁画とギャラリーの装飾天井画を依頼されたのである。神々の
愛の神話を描くようにとのことだった。
 これと並行して、彼は描きたい絵に取り組んだ。風景画である。
丘、川の水、澄んだ大気、遠くにある光、木と葉が作る影、色の対比、日常生活を
営む人々、これらを配置し、実在しない理想の場所を設定して描いた。この展覧会
のポスターに使われている絵は、「Paysage fluvial(河のある風景)」 (ワシントン
ナショナルギャラリー蔵)である。(fig0)

 風景画がジャンルとして認められるまでは、風景は主役ではなく、宗教画のドラマ性
を引きたてるためのものだった。カラッチの「アブラハムの犠牲」(fig1)での主役は、
左上のアブラハムである。

CarracheSacrificeAbraham.JPG fig1 :Louvre

  それが、同じ宗教画でも、「エジプトへの逃避行」(1602~1604)になると、
人物と風景の主従が、ちょうど同じくらいになっている。
この絵は左右対称、背景に建物を描いたことで、風景の重みが増している。
アルドブランディーニ枢機卿の宮殿のチャペルの扉上部の装飾絵であった。
CarracheFeuiteEgypt.JPG
 (この絵は、展示予定で、図録にも載っていたが、借りれなかったとのこと。)

カラッチが、ローマの田園風景を理想の風景としたのは、、「すべての道はローマ
に通ず」という諺もあるほど、ローマは歴史ある永遠の都として確立し、聖なる
テーマにふさわしかったのである。

(昨年のカポディモンテ美術館展は、ファルネーゼコレクションだったので、カラッチ一族の絵も展示されていた)

この時代は、いろいろな国から画家たちがローマに勉強に来た。フランドル地方の
ヤン・ブリューゲル(fig3)もローマで学んだ。先輩のパウル・ブリルが、カラッチ流の絵
「カンポ・ヴァチーノの眺め」(fig2)で、成功していたからである。
カンポ・ヴァチーノは古代ローマ時代の凱旋門やコロッセオが残る場所で、クロード・ロラン
もここを描いている。
昨年、ターナーが描いたカンポ・ヴァチーノの絵が過去最高額40億円で、落札され、ニュースになった。

PaulBrilVueCampoVaccino.JPG fig2
牛市場のあるカンポ・ヴァチーノの眺め(1600)  Paul Bril(1554-1626)  
  ドレスデン州立美術館

JanBrueghelPaysageSaintFulgence.JPG fig3
聖Fulgenceのいる風景(1595) Jan Brugel(1568-1625)
  ウィーン歴史美術館

 フランスのクロード・ロランは20歳でローマに行き、フランドル地方から来た
画家たちと住んだが、彼らは皆、独学であった。後にアゴスティーノ・タッシ(fig4)
と共同制作をし、タッシからいろいろ学んだ。タッシは、絵に古代遺跡を取り入れ、
過去への郷愁を描くのが上手だった。
AgostinoTassiPaysage.JPG fig4
風景と呪い術の場面 (1625) Agostino Tassi(1578-1644)
 ボルティモア・ウォルターギャラリー

ロランの絵は主役が風景である。光と大気、空、木々、小さく描かれた人物が
理想の田園風景の中に溶け込む。(fig5)
LorrainPaysageBerger.JPG fig5
牧者のいる風景(1634)  Claude Lorrain(1600-1682)
 ロンドン・ナショナルギャラリー

ロランも神殿などの古代遺跡を絵にとりこみ歴史的な雰囲気を持たせた。
さらに彼は空の様子を細かく観察し、巧みに表現した。(fig6,fig7)
枢機卿や外交官がロランの絵を気に入り、フランス上流階級から多くの注文が来た。

Lorrain RaphaelTobie.JPG  ClaudeLorrainVueCapitale.JPG
fig6:大天使ラファエロとトビアス(1639)   fig7:Capitoleと港の眺め(1636)  
 マドリッド、プラド美術館                         Louvre

展覧会場で、明るく人目をひくこの絵は、フランチェスコ・アルバーニの作品。
(fig8)   彼はカラッチの弟子で、ヴィーナスを描くのが得意だった。
この絵は、クイリナーレ宮殿礼拝堂の絵として制作された。

 AlbaniToilletteVenus.JPG  fig8
 ヴィーナスの化粧(1617) Francesco Albani(1578-1660)
 ローマ ボルゲーゼ美術館      

 最後は、ニコラ・プッサン。プッサンはフランス人で、イタリアに来た初めは、
叙情的雰囲気の神話画を描いていた(fig9)が、同じフランス人のロランとも
親交があり、カラッチ風の古代遺跡をとりいれた絵を描くようになった。

プッサンの絵で重要なのは、「パトモス島の聖ヨハネのいる風景」(fig10)
人物が風景の中に溶け込み、中央で左右対称の構図は数学的な整合性を持っている。

ロランと同様、プッサンの絵も、ルイ13世の宰相リシュリーに好まれ、後に
ルイ14世の教育係となるジュリオ・マザリーニを通して、フランスに運ばれた。
ルイ14世は、プッサンの絵をたくさん所蔵し、それらが今、ルーヴルの所蔵品
となっている。

 PoussinBacchanaleguitter.JPG fig9
アンドロス島の大酒宴(1627) Nicolas Poussin(1594-1665) :Louvre

PoussinPaysageAvecSaintJean.JPG fig10
「パトモス島の聖ヨハネのいる風景」(1640) Nicolas Poussin(1594-1665)
 シカゴ 美術研究所

[ひらめき] ルーヴル美術館に、ロランやプッサンの絵は、かなりあるが、この展覧会のために、
いろいろな美術館から、重要な絵を借りてきていて、ストーリー性のある構成で楽しめた。


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コメント 23

Bonheur

風景画の歴史、興味深く読ませていただきました。
風景画、大好きなんです。コローやシスレー、ピサロなどの印象派のフランス風景画家は良く拝見しましたが、そのずっと前の絵も素晴らしい。ロランの絵が気に入りました。
現地でのこういった絵の展覧会、雰囲気もあるでしょうし、沢山の作品も揃って、素晴らしかったのでしょうね。やっぱり欧州って良いなあ。
by Bonheur (2011-05-07 21:07) 

katsura

風景画、必ずしも自然を写生しているわけではないというのが、やはり自然と西欧人の関係なのですね。自然を対立物ととらえるというか。
by katsura (2011-05-07 22:54) 

てんとうむし

ドラマチックな風景揃いですね。
宗教画のドラマ性を際立たせるための要素だったというTaekoさんの解説に大きく頷きながら拝見しました。
by てんとうむし (2011-05-07 23:43) 

TaekoLovesParis

nice&コメントありがとうございます
▲Bonheurさん、風景画はいいですよね。私も前は、18世紀以降の作品しか
知らなかったけど、こうやって知ってる画家がふえてくるのは楽しいです。
特に今回は、カポディモンティで見た画家の絵が多かったので、親しみを
感じました。ロラン、いいでしょ。西洋美術館の常設にもあります。
外国だと、見ている人の反応もちがうので、おもしろいです。

▲katsuraさん、やはり人間中心の西欧だから、景色も自分で「理想の景色」を
作るんですね。しみじみ感じますね。

▲てんちゃん、いい絵が多いでしょう。天使や神話はてんちゃんにお馴染の
ものですものね。
by TaekoLovesParis (2011-05-08 01:09) 

よしあき・ギャラリー

ありがとうございます。
堪能しました。^^v
by よしあき・ギャラリー (2011-05-08 05:51) 

ララアント

風景画は主役ではなく 宗教画のドラマ性を引き立てるもの
・・・解説に納得しながら
素晴らしい作品をTaekoさんと鑑賞した気分になりました。

でも どうしてこのように上手にアップできるのでしょうね~!?
そちらに感心してしまいました^^
by ララアント (2011-05-08 07:56) 

yk2

カラッチ兄弟と云えば、僕にとってはパルマ展で観た、世にも愛らしい(はぁと)マリア像・『戴冠の聖母』(僕は『カラッチの金色のマリア』と勝手に呼んでますが)や人物主体の作品のイメージばかりなので、アンニーバレがジャンルとしての風景画を確立したと聞いても、今一つピンと来ないのが正直なトコロです。お勉強させて頂きました(^^;。
by yk2 (2011-05-08 08:45) 

aranjues

風景画確立の歴史、私も興味深く読ませていただきました。
これはいち記事で終わらせるのは勿体ないような。
西洋絵画に興味がある人も無い人も惹きつけられる
ようなストーリーで、、カルチャーセンターで講義したら、
一気に人気講座になること請け合いです。
by aranjues (2011-05-08 16:56) 

pistacci

講座、申し込みます♪
想像にしても、濃い色の、奥深い森っていうところが
より神秘性を深めているのかな。
by pistacci (2011-05-09 00:49) 

TaekoLovesParis

nice&コメントありがとうございます
▲よしあきさん、風景画をお描きになる方に、そうおっしゃっていただけて、
うれしいです。

▲ララアントさん、ほめていただいてありがとうございます。なかなか綺麗な
画面構成にならないんですが、少しづつでも進歩すれば、と思っています。

▲yk2さん、覚えてますよ。カラッチのマリア様目当てに日参したい、位の
ことが書かれたパルマ展記事でしたものね。あの絵は1580-1583年と
書いてありました。1600年以前のカラッチの絵は、バロックなんです。

「当時は、カラバッジョよりカラッチの方が、信じられないでしょうけど、人気が
ありました」って、説明がついてました。カラッチってすごい人だったんですね。

▲aranjuesさん、大変なお褒めをいただきまして。。。展覧会場の売店で
売っている簡単図録の面白そうな所を中心にまとめてみました。
裏話として、いろんな恋愛関係があるので、その部分が、きっと講座では、
受けると思います。どろどろなので(笑)

▲pistaさん、講座申し込みます、っておっしゃるから、それなら恋愛話も
入れなくちゃ、って、思いましたよ。構図とか光ばかりじゃ退屈しちゃうでしょ。
空とか木々の色合い、どこか一点に光がさす森、これで何かがおこりそうな
予感、ですよね。
by TaekoLovesParis (2011-05-09 01:38) 

バニラ

わたしもテキストを読むようにして、読んでいました♪
どろどろ系のお話、興味津々~
by バニラ (2011-05-10 00:09) 

匁

おはようございます。
400年くらい前の絵ですね。セピア色で描いた時からこんな色だったのか?
年月とともに色あせたのか?
いつも展覧会ではスッと通り過ぎてしまいますが、こんな風にに解説付きだと
興味を持って観れます。
今まで、その時代の風景を描いたのかと思って見ていましたが
「実在しない理想の場所を設定して描いた」
そうなんだ。
そして
fig10は「中央で左右対称の構図は数学的な整合性を持っている。」
と有りますけど、これで対称?

6月6日までですね。私も
チョット行ってきます。

by (2011-05-10 07:48) 

ルビー

確かに、この展覧会のためにホントいろいろな美術館から絵を集めてきたんですねえ。堪能しました。 でもやはりポスターの風景画が一番、象徴的でしょうか。「実在しない理想の場所」素敵ですね。
by ルビー (2011-05-10 19:38) 

Inatimy

この展覧会にTaekoさんが観に行かれると聞いてから、ずっと生地を楽しみにしてました♪
オランダの19世紀のロマン主義の風景画や
ドイツのロマン主義風景画の展示は観たことがありましたが、
それ以前の風景画展は初めて。 
人物と風景、どっちが主役か、みたいな視点は新鮮でした。
絵の場所がローマとなると雰囲気も空模様も異なりますね。
by Inatimy (2011-05-10 21:49) 

hatsu

『パトモス島の聖ヨハネのいる風景』、
白い雲が浮かんだ空の感じが好きです^^

by hatsu (2011-05-11 05:58) 

りゅう

とっても興味深い展覧会ですね♪
描かれている宗教的場面にも興味あり。
この時代の風景画好きです!(^_^)
by りゅう (2011-05-12 22:50) 

Inatimy

この場を借りて、Taekoさんにお願いがあるのですが、
私の記事にマダム・グレ回顧展とウフィツィ美術館の記事をリンクしてもよろしいでしょうか?
by Inatimy (2011-05-13 16:49) 

TaekoLovesParis

Inatimyさん、出かけててお返事遅くてごめんなさい。
リンクはもちろん、どうぞ、どうぞです。
私のほうも、ドニ美術館の記事にリンクさせてくださいね。
by TaekoLovesParis (2011-05-14 15:34) 

Inatimy

Taekoさん、ありがとうございます。
こちらもドニ美術館の記事にリンクしていただけるなんて、うれしいです♪
by Inatimy (2011-05-14 16:49) 

TaekoLovesParis

りゅうさん、ここで、ロイスダールが見れるかな、と期待していたのですが、
ありませんでした。ローマの景色中心だから、ロイスダールは時代的には
同じだけど、外されちゃったんですね。

一番上の「アブラハムの犠牲」は、アブラハムが、一人息子イサクを神から
「殺せ」と命ぜられ、断腸の思いで殺そうとした時、天使が現われ、「おまえが
神を怖れる者であることはわかった、殺さなくてよい」、という劇的な場面です。
アブラハムがイサクを抱え、大きな刀を振り下ろそうとしている場面、小さくて
見えにくいでしょ。すみません。
by TaekoLovesParis (2011-05-14 18:07) 

TaekoLovesParis

遅くなりましたが、nice&コメントありがとうございます。
▲バニラさん、どろどろ系の筆頭は、fig4のアゴスティーノ・タッシです。
カポディモンテ美術館展で見た「ユディットとホロフェルネス」を描いたアルテミジア・ジェンティレスキが19歳でタッシの弟子になると、手篭めにしちゃうんです。アルテミジアの父が裁判をおこすけれど、男社会での裁判なので、アルテミジアは深く心に傷を追い、恨みをこめて描いたのが、あの絵といわれてます。アルテミジアの生涯は、「アルテミシア」という映画になってるので、DVDで探してみようと思ってます。

▲匁さん、絵が描かれた当時から、こういう色合いなんだと思います。フィレンツェやヴェニスは明るいけれど、ローマは夏意外は、さほど明るくないのでしょう。
また、歴史画や宗教画が主流だった時代の後なので、重々しさを出すためにも暗い色合いなのかと。。この少し前に活躍したカラヴァッジョ、同時代のレンブラントの絵も暗いですね。光と影を劇的に描こうとしたからでしょう。
18世紀は、色彩が明るくなってきてますね。

<fig10は「中央で左右対称の、、>→ 私も、数学的整合性(coherence mathematique) には、納得できなかったけど、中央のヨハネと左右の2本の木で作る逆三角形という構図が四角い画面にバランスよくおさまっていることが、数学的かと解釈しました。

<チョット行ってきます> → 匁さんらしいユーモアですね(笑)

▲ルビーさん、とっても質の高い展覧会でした。
<堪能しました。>とおっしゃっていただけて、うれしいです。

▲Inatimyさん、私も風景画の始まりは、オランダのロイスダールあたりかなと
思っていたので、ローマに視点を当てた切り口は意外でした。でもね、ここで、
この展覧会を見たあと、ルーヴルに行ったら、プッサンがずらーーっとあるので、
「どれだけ、プッサン、作品があるの」と思って、、その日限定で見飽きちゃいました。

パリは、質の高い企画展があるので、ぽんと見に行ける距離のInatimyさんが
うらやましいです。


▲hatsuさん、「パトモス島」は、ギリシア、エーゲ海に浮かぶ島で、聖ヨハネがイエス・キリストから啓示を受けた場所です。ぽっかり浮かぶ白い雲、青い空、青いエーゲ海、向こうの方に見える神殿らしきものが、ギリシアを表しているんでしょうね。


by TaekoLovesParis (2011-05-14 21:25) 

バニラ

いつの時代でも、そんな事が起こるのですね。
「アルテミシア」、わたしも探して観てみよう~
by バニラ (2011-05-22 21:10) 

TaekoLovesParis

バニラさん、的確なコメントで、思わず笑いました。
力づくは、だめですよねー。言葉で愛を表現して、OKが出てから、ですよね。
by TaekoLovesParis (2011-05-22 21:37) 

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