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ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ [映画 (美術関連)]

ヒットラー対ピカソ.jpg


ナチスによる名画略奪、および戦後70年以上経った今も続く名画奪還等のエピソードが、
関係者へのインタビューや案内人の説明により、当時の映像・写真、関係する美術品と
ともに、紹介されるドキュメンタリー映画。ナレーションはイタリア語。


ヒトラーは、自身が画家になりたかったこともあり、美術品の収集に強い執着を示した。
ナチス・ドイツが略奪した芸術品の総数は約60万点、現在でも10万点が行方不明と
言われている。
ヒトラーは美術品を二つに分けた。一つはドイツ人による写実的で古典主義的な作品で、
毎年開催の「大ドイツ芸術展」で展示し、ナショナリズムを高揚させた。
もう一つは、前衛的な絵で、それらは「退廃芸術」と呼ばれ「退廃芸術展」として公開された。
ピカソやゴッホ、シャガール、カンディンスキー、クレーなどだ。

さて、ヒトラーが自分のコレクションのために略奪をした絵は戦後、どうなったのだろうか?
ドキュメンタリーなので、当時のニュースフィルムを交えて話が進む。
1、連合軍が発見した隠し場所、岩塩抗。
ここには6500点もの絵があり、ベルギーのゲントの教会から持って来たファン・エイク作の
祭壇画もあった。
ゲントの祭壇画.jpg

モンテ・カッシーノの修道院から運び去られたティツィアーノの「ダナエ」、
パルミジャニーノの「アンテア」もここで発見された。2つとも現在は、カポディモンテ美術館
にあり、2010年、上野の西洋美術館で開催された「カポディモンテ美術館展のポスターは
「アンテア」だったので、見覚えがある人も多いと思う。

ミケランジェロの「聖母子像」、ラファエロ「聖母子」、ブリューゲル(父)「盲人の寓話」

も発見された。映画の進行に伴い、絵が映るので、そのたびに見入る。
フェルメールの「天文学者」も含まれていた。
これは、ナチのパリ侵攻時にロスチャイルド家から押収したもので、裏面に、
ナチスの所有物を意味した小さな鉤十字が刻印されている。
戦後、パリのロスチャイルド家に返還された後、遺産相続税の一部として
ルーヴル美術館に現物納税された。
天文学者.jpg

ヒトラーと国家元帥ゲーリングの2人は、特にフェルメール作品が好きだった。
後に贋作と判明した「エマオの食事」の裁判の場面も実写のフィルムで見せて
くれたのは、興味深かった。
(この贋作事件については、「私はフェルメール」記事に書いてあります)

、ローゼンベール・コレクション
ユダヤ人の画商ローゼンベール氏は、ブラック、マティス、ピカソと親しく、
ピカソの代理人として絵を写真に納め保管していた。戦後、その写真を証拠として、
絵の返還を求めている。
ユダヤ人であったので、ナチの手が伸びる前に、アメリカへ渡り、ニューヨークに
画廊を開き、「ゴッホ展」を開催、MOMAと契約した。

ゴッホ「自画像」1888年 僧侶としての自画像。
アルル滞在時にゴーガンから贈られた自画像に対する返礼として描かれた。
Van_Gogh_self-portrait_dedicated_to_Gauguin.jpg

3、グルリット・コレクション
2012年、スイス発ミュンヘン行きの列車がドイツに入る時は税関を通る。
この際、大金を持っていた男を調べたところ、ドレスデンの空襲で亡くなったと
記録されているグルリット氏で、彼の父はヒトラーの画商だった。
自宅には、マティス、モネ、ルノワールなどのコレクション1240点が無造作に
散らばっていた。グルリットの死後、それらは遺言でベルン美術館に寄贈された。
マティスの1923年制作「座る女」は、元は、ローゼンベール氏の所有だったため、
返還要求が弁護士を通じてなされている。

mathis_Famme assis.jpg

、グッドマン家
ドレスデン銀行の設立者の家系で、金・銀の美術品は皇帝も羨むほどだった。
ところが、その美術品は、ナチに二束三文で強制的に買い取られ、グッドマン氏は
収容所へ送られ処刑された。その経緯を孫が涙を浮かべながら語る。

タイトルにもなっているピカソが登場するのは最後。
ピカソは、ゲシュタポが机の上にあったゲルニカのポストカードをさして、
あなたの仕事ですか?ときいてきたので、「いや、これは君たちの仕事だ」
と答えた。
さらに、「芸術家はこの世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ。無関心は
許されない。絵は家の飾りでなく、敵を攻撃し防御するための手段なのだから」

このメッセージで、ようやく、「ヒトラーvs.ピカソ」というタイトルの意味が
わかった。芸術家でなくても人間は 無関心であってはならない。人にも、
生き物にも、自然にも。
最後に歴史家が語る。「全体主義はすべてを操作する。人間は弱い者だから、
それに巻き込まれた。」


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コメント 8

tommy88

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』
これは見なくちゃいけない映画です。
が、アマゾンプライムではやっておらず。
まずは良い情報をキャッチしました、感謝です。

by tommy88 (2020-11-22 18:02) 

coco030705

こんばんは。面白そうな映画ですね。
ヒトラーは、やはり人間ではないですね。人間の風貌をした悪魔なんだと思います。美術品もたくさん盗んだとは、ひどい!
ピカソが、フランスがナチスに侵攻されたとき、ゲルニカをMOMAに預けましたね。ゲルニカが守られて、ほんとうによかった。
最後のピカソの言葉にハッとさせられます。ナチスにこういう言葉をいえるなんて、勇気のある人ですね。真の芸術家だと思いました。
by coco030705 (2020-11-23 23:05) 

gillman

1これ前から見てみたいと思っていた映画です。DVDがあったのでポチしました。楽しみです。
by gillman (2020-11-24 14:56) 

Inatimy

このドキュメンタリー映画はこっちでは全く紹介されてなかったです。なんでだろう、フェルメールやゴッホまで関わってるのに。
まだ世界のどこかに10万点の芸術作品が行方不明のままなんですね。どこかの家にまた無造作に散らばってる可能性もあるのかしら。どんな作品なんだろう。修復が間に合ううちに早く見つかってほしいですよね。
それにしても国家元首の個人の好みで残すべき偉大な作品とそうでない作品に分けられて公開されるなんてね。ヒトラーが描いた絵っていうのを見てみましたがそこまで古典主義でもなかったし、建築物はきっちり描かれ<完成予想図>みたいな感じを受けました。
「天文学者」を現物納付って・・・ロスチャイルド家の遺産相続税、恐ろしい額だったんでしょうね^^;。
by Inatimy (2020-11-24 17:35) 

yk2

taekoねーさんに、「こんなドキュメンタリー映画があったの、知ってます」って話をしておきながら、自分が未だ見ていないと云う・・・(^^;。

-「芸術家はこの世の悲劇や喜びに敏感な政治家であるべきだ。無関心は
許されない。絵は家の飾りでなく、敵を攻撃し防御するための手段なのだから」-

ピカソのこの言葉は、一見するととても志が強く正義感に溢れた言葉として取れてしまいます。でも、ピカソに限らず、人の信条が常に正しい方向に向くとは限らない。ひとたび間違った方向に思想が向いてしまうと、人はなかなか軌道を修正出来ないものです。特に、「自分の正義を守るために相手を攻撃する」って事が許される限り、争いは無くなりませんね。もし芸術家が政治に積極的に関って戦争を賛美、助長したなら、それは大衆が触れやすい、解りやすいメディアとして思想を危険な方向へと大きく導いてしまう。そう、それはまさに過去の大戦時に日本の軍部が企て、行ったこと。

丁度、朝ドラ『エール』が終わったばかりですが、ドラマの中でも主人公が、自らの音楽に依って鼓舞された多くの若者が戦地で儚くもその命を散らした事に責任を感じて懊悩し、心底苦しむ様子が描かれましたね。

竹橋の国立近代美術館には戦争画のコーナーが常設されていますが、あれらの作品を描いた画家たちも同じように、芸術の”戦争責任”を感じ苦しんだのかしら。フランス滞在時にピカソとも交流した藤田嗣治の様に、それが原因となって、追われるように日本を捨て去った画家もいる。

そんなあれこれを考えながら、この週末、このDVDを鑑賞してみたいと思います。

by yk2 (2020-11-28 12:49) 

moz

征服者は芸術品や宝物を簒奪して自分たちのものにしてしまう、そんな歴史の繰り返しなんだと思いますが、ヒットラーの場合はその数60万点なんですね。しかもそのうちまだ見つかっていないもの、郁恵不明のものが沢山あるとは…。
フェルメールの贋作のことは本でも読んだし、以前にテレビでも見たことがあります。メーヘレンも数奇な運命。そして、天文学者、見つかって良かったです。
そうそう、黄金のアデーレもナチスがらみでしたよね。
なるほど、流石ピカソです!! ゲシュタポの前でそんなことを言ってのけたんですね!!
絵は家の飾りでなく、敵を攻撃し防御するための手段!! ゲルニカのピカソならではだなと b^^
by moz (2020-12-03 10:07) 

TaekoLovesParis

遅いお返事ですみません。
▲tommy88さん、amazonプライムは劇場公開で人気作品だったものを取り上げているので、こういう地味なものは無いのでしょうね。
きちんとしたドキュメンタリーで、ヒトラーがどのようにして絵画をコレクションしたのかと共に絵の所有者たちがどのように戦争時代をくぐり抜けたのかもインタビューで描き出していました。タイトルと違ってピカソが出てくるのは、わずかですが、戦争と芸術を考えるには良い作品です。

▲cocoさん、ヒトラーには、自分の故郷に美術館を作りたいという目標がありました。そのために絵を選んでいました。国家のためにという信条があったので、ひどいことをしている意識がなかったようです。映画のタイトルから、私は、ヒトラーとピカソの対立かと思っていたのですが、ピカソのゲルニカの話は短いのです。戦争と芸術作品、それにまつわる人々のドキュメンタリーです。ユダヤ人大量虐殺という点では、前の記事で取り上げたゲルハルト・リヒターの映画「ある画家の数奇な運命」のほうが、ドラマなので胸に迫るものがありました。
私はゲルニカをマドリッドの「ソフィア王妃センター」で見たけれど、MOMAに預けられた来歴を知らなったので、さきほど読みました。ほんとにそうですね。権力に屈することなく、自分の意見を言えるピカソは勇気がある人ですね。

▲gillmanさん、絵画に、ドイツに、映画にお詳しいgillmanさんだから、楽しめると思います。私は「グルリット・コレクション」の話が興味深かったです。発見された後、「グルリット・コレクション」という企画展が開催されたそうです。
by TaekoLovesParis (2020-12-05 23:56) 

TaekoLovesParis

遅いお返事ですみません。
▲Inatimyさん、フェルメールやゴッホも話の流れで出てきますが、大筋は第二次大戦のドイツなので、他の国のことにはあまり触れられていないのです。ナチの画商の息子が1240点もの絵と一緒にひっそりアパートで暮らしていたのは、ドラマですね。こういう話があると、他のどこかにも、って思いますよね。
ヨーロッパのお金持ちは、日本のお金持ちとは桁外れの富を持っているから、「天文学者」も物納なんでしょうね。

▲yk2さん、おすすめくださった、このDVD,とても良かったです。ル・シネマでの公開だったのかしら。全く気付いてませんでした。
ドキュメンタリーで時にモノクロ画面で、淡々と語り手により進行していくという形式が、真実を検証していく手法。4回前の記事「ファブリックの女王」の作りにも似ていると思いました。

結局、ここで描かれていたのは、yk2さんもおっしゃっているように戦争と芸術家なのでしょう。<ひとたび間違った方向に思想が向いてしまうと、人はなかなか軌道を修正出来ないものです。>その通りですよね。国の指導者であれば、国を間違った方向に向けてしまう。絵描きが国家権力から戦争画を描くよう命令された場合、断ることは出来ない。フジタの近美の「アッツ島」の絵の色使い、迫力を思い出します。題材が不本意でも、身体を捧げて描いている。それだけに、戦後の虚脱感の大きさは想像できますね。
カズオ・イシグロの「浮世の画家」は、戦争画で成功したけれど、娘から「世間の人たちはお父さんのことを、どう思ってるか知ってる?」と問われ悩み、弟子たちも世間から疎まれているのだろうかと心配になり会いに行くのでしたよね。
ピカソによると、「絵は攻撃するための手段」、であったけれど、戦後は、希望のための手段になりうると思います。シャバンヌの「希望」も普仏戦争の後に平和への願いを込めて描かれた絵でしたもの。

「エール」でも、裕一は戦争を讃える歌を作ったと責任を感じ、悩むけれど、長崎に招かれ、原爆投下後の凄惨な場所を見て、頼まれていた「長崎の鐘」の曲を引き受けましたね。希望への、復興への応援歌として。

このDVDをご覧になったら、また、違う感想をお持ちになると思います。
いろいろなストーリーが詰まっているので。

▲mozさん、<征服者は芸術品や宝物を簒奪して自分たちのものにしてしまう、そんな歴史の繰り返し> → 大英博物館のエジプトからの持ち帰り品、ルーブルのは、ナポレオンの戦利品。ペルガモン博物館のバビロニアのイシュタールの門の見事さは忘れらません。
フェルメール好きのmozさんだから、贋作事件にはお詳しいと思いますが、実際にメーヘレンが裁判所に入って行く、さらに裁判所内での受け答えが映る動画には、ちょっと興奮しました。「黄金のアデーレ」、私も見ましたが、良い映画でしたね。取り返す執念が大切ってわかりますね。
ピカソは芸術を愛しているから、何者をも恐れないんだとわかりました。
by TaekoLovesParis (2020-12-06 01:41) 

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