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アール・ヌーヴォーのポスター芸術展 [展覧会(絵以外)]

 このチケットをもらったときから、「わ、良さそう!」と、期待していた。

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 実際、行ってみたら、展示点数が多く、充実して、とてもいい展覧会だった。
会場の「銀座松屋」は、地下鉄に直結しているので、暑い日中でも、外を歩かずにすむのが
ありがたい。

 19世紀末に、ヨーロッパ中に瞬く間に広がったアールヌーヴォーは、絵画よりも
ミュシャ、ロートレックなどのポスター、ガレ、ラリックなどのガラス工芸、オルタ、
ガウディなどの建築に見られる優雅で曲線的な様式である。

 会場に入ってすぐが、ウィーン分離派展のポスター。
アール・ヌーヴォーは、ウィーンでは、当時の美術界と分離したものということで、
「分離派Secession」と呼ばれた。
第一回分離派のポスターは、「分離派」の中心人物だったクリムトの作品。

klimt.JPG

 上の部分の絵は、ミノタウロス(ギリシア神話の牛頭人身の怪物)を倒す裸のテセウス。
ミノタウロスを既存の美術界に、テセウスを分離派にたとえている。左上にSecession
の字が見える。右に立つのは、戦いの女神「パラス・アテナ」。ゴルゴンの盾を持つ姿は、
代表作「パラス・アテナ」の絵を思い出させる。

 このポスター、最初に描いたものは、検閲で引っかかり、ボツ。これは修正版。
検閲で没になったものも、並べて展示されているので、どこがまずかったかは、実際に
ご覧になってのお楽しみ。

 第13回(1902年)は、コロマン・モーザーの細長い作品。
 第49回(1918年)は、エゴン・シーレの作品。一番奥がシーレ自身。
 クリムトが亡くなった直後だったので、手前の空席は、クリムト用とも言われてる。

  MozarSecession13.JPG     siret.JPG

 分離派展は、年に数回行われることもあるほど、活発だった。
写真はないけれど、第40回あたり、エルンスト・エックの白地に黒のストライプ、
下のほうに黒の凝った文字だけのものは、シンプルで、まさにデザインだった。

 次のコーナーは、市民生活に夢を与えた劇場のポスターの数々。
ミュシャが、女優サラ・ベルナールに気に入られるきっかけとなった作品「ジスモンダ」。
棕櫚の葉を手にしたベルナール、ビザンティン風の装飾が当時、話題になった。
これは、昨年、世田谷美術館の「オルセー美術館展」、三鷹市美術ギャラリーの
「アルフォンス・ミュシャ展」でも見た。ポスターなので、複数枚あるから、いろいろな
所で出会う可能性がある。
同じくサラ・ベルナールの椿姫(左)、ミュシャはこの舞台の装置も担当した。
サラ・ベルナール初の男役「ロレンザッチオ」(右) 暴君のアレッサンドロを殺す画策を
しているメディチ家のプリンス「ロレンザッチオ」
    MuchaCamelias.jpg       MuchaRolensatio.JPG

  ロートレックの「ディヴァン・ジャポネ」は、チケットに使われている作品。
ジュール・シェレの「ムーラン・ルージュ」のポスターは、楽しさが一面にでていた。
 
 「ロダン回顧展」のポスターは、「寝巻き姿のバルザック」像が白く浮かびあがり、
バルザックが見下ろすような位置。隣にあった「ムンク回顧展」のポスターは、象徴派の
絵のようで、好きな作品だった。

 商品の広告ポスターもさかんになってきた時代ということで、
コロマン・モーザーの水の広告。
猫を描くのが得意なスタンランの牛乳の広告もかわいかった。

 MozarWater.JPG    

 最後を飾るのは、カッサンドルの
「パリ・ブリュッセル・アムステルダムの寝台特急、北極星号」(1927年)
大西洋航路「ノルマンディ号」の堂々とした船のポスターは、有名だが、列車の広告は
初めて見た。線路が象徴的に使われている。シンプルだけどメッセージが伝わり、
広告ポスターのカッサンドルといわれるだけのことはあってすばらしい。
   
  cassandre.png   

 ☆アール・ヌーヴォー期のポスターがお好きで、スタンラン、シェレのお墓参りをなさった
   「りんこう」さんの記事は、こちら。 シェレのポスターも見れますよ。

 

 ※ 広告的な記事のかたのniceは、消させていただいています。


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