2010年春、オルセー美術館 ドガ・モネ [☆彡Paris 美術館]
6月に「オルセー美術館展、ポスト印象派」が国立新美術館で、開催されたとき、
3月にパリのオルセー美術館で、いつもと違う絵が展示されていたのは、いつもの絵は
ここに来ているからだとわかった。
それで「2010年春オルセー美術館」で見たゴッホ、セザンヌ、マネ、ピサロらの絵をのせ、
「コロー、モネ、ドガ、カサットなどは別の機会に」と書いたので、今回、それらをご紹介。
横浜美術館で開催されている「ドガ展」を見に行く予定なので、まず、ドガから。
ドガ(1834~1917)
自画像(下) 妹マーガレット・ドガ(右側の上) 祖父(右側の下)
ドガは、印象派展に数多く参加したが、画風は、光を追求したモネとだいぶ違う。
ドガは、パリの生まれ、パリの美術学校で、アングル派の画家に師事し、ルーヴル美術館
やイタリアの美術館で古典絵画を研究した。自画像は、「アーティストの肖像」というタイトル
で、絵筆を手にしている。妹マーガレット・ドガの肖像画は、聖女の雰囲気がある。
「祖父の肖像」は、ドガらしくない画風に見えるが、初期の歴史画に見られるタッチ。
「バビロンを建設するセミラミス」1861年。左の上にかすんで見える都市バビロン。
セミラミスは、政治的手腕に優れたバビロニアの女王で、芸術を愛し、神殿や空中庭園
の建設を命じた。これは大きな絵。優雅さに惹かれた。
上の絵の1年前に描かれた小さな絵「町を建設するセミラミス」1860年。
ドガは歴史画を描く時はいつも十分に研究をしてから取り組んだ。セミラミスのヘアスタイル、
馬車はルーヴル美術館のアッシリアのレリーフに倣っている。
ドガは、以上5点。
ドガの歴史画と共通点が感じられるのは、シャヴァンヌの歴史画だと思う。
(このあたりのことは、yk2さんの記事に、とてもくわしく書かれてます)
シャヴァンヌの「パリに戻ったジュヌヴィエーヌ」は、市民から熱狂的に迎えられ
下船する様子の絵。壁画だったのだろう、3枚に分かれている。
ジュヌヴィエーヌは、パリの守護神で、451年にフン族のパリ襲撃の際、市民を
勇気づけて、パリを守った人。
これらの絵のある1階ホールの角に置いてあるのが、カルポーの白い大理石の彫刻。
「皇太子と愛犬ネロ」1865年。
別の部屋には、モネの絵。
おなじみの「ルーアンの大聖堂」が5枚並んでいた。日によって時刻により移り
変わるさまがはっきり見てとれる。陽をさんさんと浴びた午前中のオレンジ色、
夕暮れ、青空、雪の日。
こちらは、「アルジャントゥイユの鉄橋」1874年。鉄道が盛んだった時代。
巨岩で有名な「エトルタ海岸」1868年。
「ヴィトウイユの教会」
「テムズ川」
今回は、ちょっと忙しいので、コメント欄はなしです。