契丹(キッタン・草原の王朝)展 [展覧会(絵以外)]
「チケットがあるから、きったん展、どう?」と、誘われた時は、きったん?
彩色木棺の写真
きったん=契丹は、10世紀にモンゴルの広大な草原で、栄えていた国の名前。
朝青龍、白鵬、旭天鵬のふるさと。
2003年、内モンゴル・通遼市のトルキ山で1000年前の古墓が発掘された。
発掘場所は、冷凍庫状態の湿度も適当にある山中だったので、埋められた
彩色木棺は、当時のままを保っていた。空気にふれると腐食してしまうので、
徐々に乾燥させ、発掘当時の輝きをよみがえらせるために、日本に運ばれ、
九州国立博物館の研究チームが修復作業をしてきた。そのため、日本でも
お披露目展覧会が開催されることになったという経緯。
彩色木棺は、屋根や縁側がついた大きな御神輿のような御殿に収められていた。
屋根の軒下には、金の短冊が数10センチおきにぴらぴらっとついていた。
棺を開けた写真があったが、王と姫、2人の遺体で、夫々顔には黄金の仮面、
黒髪がそのままあり、琥珀を使った大きな首飾り、腰に金の飾り帯、めのうの儀杖、
エジプトのツタンカーメンと違うのは、草原の遊牧民に必需品の長靴だった。
暗い中、目を凝らして眺め、少ない知識からモンゴルの歴史を考えてるうちに、
連日のオリンピックTV観戦がたたって、眠くなってしまった。中断して、お茶をした。
喫茶室はホテルオークラ担当だが、カジュアルな椅子・テーブルで、くつろげた。
契丹をイメージしたケーキが「おすすめケーキ」だった。桃がのっているチーズケーキ。
ジャムがサンドされていて相当甘いので、私向き。
出土品は、「ちらし」の写真をご覧ください。
唐の金属工芸文化を継承し、金属の薄い板を形に切り取り、漆器に貼った(平脱蒔絵)
がみごとだった。龍や獅子の模様が活き活きとしていて惹きつけられる。
遊牧民族なので「皮袋」の形の白磁があった。これはユニーク!(ちらし写真参照)
唐の影響で、陶器は色鮮やかな「三彩」もあった。
※唐の滅亡(907年)から70年後、宋が中国を再統一するが、北方異民族「遼(契丹)」が
南下する。国内政治が安定した反面、軍事力が乏しかった宋は、毎年、金や銀を契丹に
贈って講和条約を結んだ。
こういうことを事前に知ってから見ればよかった。出土品だけ見るより、契丹が世界の中で、
どんな位置だったのか、宋との関わりがわかって、ようやく未消化な部分が埋まった。
近くの都美術館の「マウリッツハイス美術館展」の人気に比べ、ひっそり静かだが、よい展覧会
だった。