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草門去来荘 と武相荘 [和食の店]

友達が、小平墓地へのお墓参りに車で連れて行ってくれたので、
「お昼、ごちそうするわ。どこがいいかしら」というと、「この近くに、前、行って
よかったところがある」
通りから入って3軒目くらい。道の両脇が駐車場で店のバスも停まっていた。

うっそうと茂った薄暗い竹やぶの中に、民家のような作りの大きな家があり、灯りが
ポツンポツンと見えた。「わ、すてきでよさそう!」
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通された席からの景色。
600坪の敷地。誰かのお屋敷跡ではなく、某飲食チェーン店の経営者が自宅として
建てた風流な家を転用したのだそう。
この季節は、樹木が多いと、蚊がいるので、蚊取り線香が置いてあった。


懐石料理とウナギがメニューだが、私たちが行った時間には、「うなぎだけになります」
うなぎは、鹿児島産。いったん焼いてから、このせいろで蒸している。

だから、外側の焼き目がパリっとして、中がふっくら、柔らかでおいしかった。
山椒が3種類ついてきた。(写真右)
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同じ敷地内に、イタリアンの店もあり、良さそうだった。
「個室もございます。法事やお集りにどうぞ」と書いてあったので、席数が多いらしい。
これは、上5200円。といっても特上、特々上があった。


この竹やぶで、「似た雰囲気」と思い出したのが、「武相荘」(ぶあいそう)。
白洲次郎・正子夫妻の家だった所。お庭の散策がなかなか良いです。
有料で母屋の記念館を見学ができるが、私たちは、古い洋館でランチを食べた。
友達がカレー、私がクラブハウスサンドを取って分けたが、美味しくて値段も
飲み物をつけて2000円前後だった。壁には、名画がかかっていたようだが、
私の頭の上だったので、気づかなかった。

武相荘のサイトからお借りした写真です。
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ランベリー [レストラン(フレンチ)]

M子さんから、「行きたいレストランがあるので、つきあって」と言われ、
広尾のランベリーに行った。ミシュランの星を10年以上取り続けている名店。
シンプルなインテリアのあまり広くない店内。
真っ白なテーブルクロス。小さな観葉植物。一流店の格式が伝わってくる。
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最初の料理は、和菓子のゼリーのようなに美しい胡瓜のジュレに、食卓で
白いアンチョビクリームソースをかけてくれる。酸味がキュウリもみを
思い出させる夏の味覚だが、アンチョビクリームのソースで引き締まる。

続いてのパフォーマンス。森のきのこを設えてみました、というボックスが
運ばれて来た。煙まで出ている。手でつまんで食べるのは、手前の松茸のフライ。
さくっとした食感だが松茸の香りが口いっぱいに漂う。
最近、こういう演出は他の店でも見かけるが、楽しくて好きだ。

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パンは山椒を練りこんで焼いてあるので、香りが良い。
バターは燻製をかけてあるので、スモーキーな香りで山椒パンに良く合う。
「これとワインだけで、いいかもー」なんて言いながら、どんどん食べる。

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栃木産2種のいちじくとフランス産のセップ(茸)
ソテーしたセップ茸はイチジクの下なので、写真では見えない。
ボルチーニにも勝るかのような香りのセップ。イチジクとこんなに合うとは。
さっぱりとした一品。

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ワインは白。ヴィオニエ種。
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赤座海老の上にスライスしたインカのめざめ(黄色いじゃがいも)のスライスを
うろこのようにのせて焼いたもの。ディルなど周囲を飾る
小さな野菜たちが美しい!

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次は、肉料理か魚料理かのチョイス。魚にした。
見えますか?甘鯛の切り身のソテー。オマール海老のコンソメスープかけ。

濃厚なオマールのスープと甘鯛が合って美味しい。

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デザートは、メロンシャーベットとシャインマスカット。
その後、小菓子とコーヒー。

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これは一番軽い8500円のコース。ワインを5杯飲んで17000円。
とても良かったので、また来よう、いつ?と思いながら店を出た。

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松方コレクション展 [展覧会(西洋画)]


6月11日からと会期が長かった「松方コレクション展」だが、もう明日で終了。
8月に行った時、同時に見れる「フィンランドの女性作家たち」展を見損ねたので、
先週、行ってみたら、チケット売り場が長い列。明日も並ぶかもしれませんね。


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これが、チラシにも使われているモネの「睡蓮」。普段、常設会場で見れる作品。
別バージョンのチラシに使われているのは、ゴッホの「アルルの寝室」(オルセー美術館蔵)
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松方幸次郎(1866~1950)は、総理大臣を務めた松方正義の息子で、エール大学で
法学修士号を修め帰国した。帰国後、父の親友の川崎氏に見込まれ、川崎造船所の
社長に就任した。第一次世界大戦の船舶の需要で会社は業績を急速に拡大し、松方は
ロンドンへ貨物船の売り込みに行き、ロンドンの画廊で絵画を購入し、イギリス人の
画家ブラングィンと知り合い、コレクションが始まった。ロンドンやパリで積極的に
美術品を買った松方の願いは、日本人のために美術館を作ることだった。


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ルノワール「アルジェリア風のパリの女たち」(西洋美)


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ゴーガン「扇のある静物」(オルセー美術館)


松方の美術館構想をブラングィンが設計図にしていた。(西洋美)
回廊形式で真ん中に噴水があるもので、土地を麻布に買ってあったそうだ。
ヨーロッパに度々行っていた松方は、近代化が遅れている日本人に、西洋の暮らしを
絵を通して見せようとした。
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初期の頃、ロンドンで、松方が購入したのは、当時、人気があったラファエル前派の
エヴァリット・ミレー「あひるの子」(西洋美)
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松方は、造船業に携わり、海の絵を得意とするブラングィンと親しかったことから、
海の絵を多く買った。
興味深かったのは、ウジェーヌ゠ルイ・ジロー「裕仁殿下のル・アーヴル港到着」
1921年、昭和天皇が皇太子の時代。大型蒸気
船から海岸へ綱に貼られたいくつもの
小旗が渡され、大勢の人が海岸で出迎えている絵。
(1921年、昭和天皇が皇太子時代、6か月間、ヨーロッパを訪問した。日本の皇族のヨーロッパ訪問は初めてで、
当時、大ニュースだった)


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ピサロ「ルーアンの波止場」

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マネ「嵐の海」(ベルン美術館)



しかし、金融恐慌のあおりで、造船所は経営破綻となり、日本に到着したコレクションは
売られ*、ロンドンに残された一部は火災で焼失、パリにあったものはフランス政府に没収された。
*一部は現在、大原美術館、ブリヂストン美術館が所蔵)


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マネ「自画像」(ブリヂストン美術館)
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ドガ「マネとマネ夫人像」(北九州市立美術館)
マネが描かれた夫人の顔を気に入らないと、キャンバスを切断した作品。
ハンセンコレクションから購入し、日本に送ったが、後に売却)

戦後、サンフランシスコ講和条約で、フランスにあるコレクションの返還が、
美術館を作るという条件付きで決まったが、フランス政府は、「アルルの寝室」
「扇のある静物」は重要美術品ということで返還に応じなかった。今回、
その2点が展示されている。


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マティス「長椅子に座る女」(バーゼル美術館)
これは、第二次世界大戦中、コレクションの管理費捻出のために、松方の許可を得て
管理を任されていた日置氏が売却したもの。フォービズムになる前のマティス作品。


ロダン美術館の開館にあたっては、多額の寄付をし、鋳造権を得た。
美術館の庭、地下ホールに、さまざまなロダンの彫刻があるのは、そのためである。



私が好きだった絵は、
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セガンティーニ「花野に眠る少女」
いつも常設で見ている「羊の毛刈り」もいいけれど、これは清々しくていい。
美しい緑、風がさらっと吹き、気持ちよさそう。


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ムンク「雪の中の労働者」
早くもムンクに目をつけていた松方氏の先見性に感心した。


 画像がないが、
ドービニーの「ヴィレールヴィルの海岸 日没」は、太陽が印象に残る横長の絵。
(三井住友銀行)

展覧会の最後は
2016年にパリで発見されたモネの「睡蓮、柳の反映」
破損が激しく、何の絵かわからないほどだが、全体の大きさはオランジュリー
美術館にある連作「睡蓮 柳」と同じ。
ディジタル復元した大きな映像が写しだされていた。

質の高い作品ばかりのコレクションですばらしかった。散逸したものものが
集められ展示されていると、焼失したものが惜しまれる。



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サンフランシスコでの食事ほか [旅行(アメリカ)]

サンフランシスコでの食事は、昔、漁港だったエリアにレストランが集う
フィッシャーマンズ・ワーフが有名。
なかでも、2階なので、サンフランシスコ湾を一望できる「フォグ・ハーバー・
フィッシュハウス」が良いと聞いていて、以前、行きそびれているので、今回は、
1週間前に日本からネットで予約を入れた。ところがーーーすでに混んでいて、
予約がとれたのは、8時45分。

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左上から時計回りに、イカからあげ、生牡蠣、カニ(ダンジネス・クラブという種類)、
海老のすり身をパンにつけて焼いたもの、牡蠣にホワイトソースをのせて焼いたもの。

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ヨセミテ2泊とセコイア2泊、2つの国立公園をまわってのドライブ旅。
帰りもまたサンフランシスコ泊。今度は夕方の食事。同じくフィッシャーマンズ・ワーフ
だが、予約なしだったので、並んでる列が少なめで、景色の良い所に入った。

うしろが海というナイスビュー。

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翌朝、空港へ。空港のインテリア、モダンでいいなー。近代美術館が有名な場所だから?

ここからデンバーまでは、2時間半。
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上等寿司18ドル、お茶5ドル。。うっかり、お寿司にお茶と思って買ったけど、コーラに
すれば、3ドルくらい。でも、合わないわね。

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2時間半の機内では、「トールキン」という指輪物語(The Load of the Rings)

の著者の半生を描いた映画を見た。第一次世界大戦下の英国で3人の友と固い友情で
結ばれた学生時代を過ごし、小説家をめざす。恋人役のリリー・コリンズが美しかった。

デンバーに着いたその足で、Kの馴染みの寿司屋に行った。

昼ごはんも空港の寿司と違って豪華。

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お寿司の横に海老の足のから揚げがついていた。
太巻きについているタレはかなり甘い。日本では、太巻きにタレは無しだけど。


翌日、アジア風しゃぶしゃぶに行った。
左から海鮮(24ドル)、神戸牛(20ドル)、A5和牛(32ドル)
しゃぶしゃぶは一人一つ鍋があり、スープは選ぶ。赤いスープはトムヤンクンスープ。
白いスープは牛骨と豚テールのスープ。たくさんの種類の薬味があり、ピーナッツペースト
は意外なおいしさだった。締めはラーメンかごはんをこのスープに入れて食べる。

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話が前後するが、ヨセミテ公園内で、最高級のホテルは天井が高いマジェスティックホテル。
木組みの梁や、柱の太い木など、建物がすばらしい。
レストラン美味しいと評判なので、ランチをした。ターキーサンドイッチとコブサラダ。
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デンバーでは、Kの行きつけのお寿司へ何度も行った。

左3つは、デンバー在のKがアラスカで釣ったソッカイサーモンの寿司。
右3つは、カナダのキングサーモン。
下の写真は、アボガドの寿司。モヒートと一緒に。

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猛暑の日本を離れ、涼しい山の中のKの家で、夏を過ごせてよかった。


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リージョン・オブ・オナー美術館(2) [外国の美術館、博物館]

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美術館からは、サンフランシスコ湾が一望のもと、海が見えて気持ちがいい。
正門を入った広場に、ロダンの「考える人」が鎮座していたが、ロダン作品がいくつもあるので、
丸天井のドームのような明るいロダン部屋がある。
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(Ⅲ)19世紀
展示室には、彫刻を適宜、配置してあり、アクセントになっている。
ロダンの師Carrier Belleuse 「スコットランドのメアリ女王」 1860年

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メアリ女王の彫刻の後ろに見える絵は、英国のラファエル前派に属する
ウィリアム・ホフマン・ハントの「誕生日」1868年
妻の21歳の誕生日の記念肖像画。ルネサンス風の構図で豪華な衣装。
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一際明るい風景で人目を惹くのは、英国人エドワード・リア 「MASADA」 1858年
MASADAは、この頃、発見されたイスラエル、死海の城址遺跡。
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フランス革命で、ロココの画風は凋落し、古典的画法の新古典主義がもてはやされた。
そして、より一層躍動感を求めた色彩豊かなドラクロワに代表されるロマン派も生まれた。
左)新古典主義の女流画家エリザベート・ヴィジェ・ルブラン「Mornington伯爵夫人」 1791年 
右)ドラクロワ「Charles de Verhinacの肖像画」 1826年


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左)カロリュス・デュラン「マリー=アンヌ・カロルス・デュラン(アーチストの娘)」
  犬と少女、かわいい! 
右)バスティアン・ルパージュ 「サラ・ベルナール」1879年
大女優サラ・ベルナール、威厳あふれる表情。手に持っているのは、竪琴を弾く人物の木彫。

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この時代、中東(オリエント)への憧れがあり、中東を描いた色彩豊かな絵は人気だった。
ジェローム「The Bath」 1880年   目撃者のような視点で描かれた絵。
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写実主義で、貧しい庶民の生活を多く描いたドーミエ 「三等車」1856年
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(Ⅳ)印象派(1874年~ 

シスレー  ロワン河岸 Banks of the Loing 1891年
シスレーは、ロワン河岸のモレ=シュル=ロワンで晩年の10年を過ごしたので、
ロワン河岸を描いた作品はいくつもある。これは緑がまばゆく美しい。

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ピサロ 「ディエップの港」 1902年
ノルマンディ地方の港町ディエップは、ドーバー海峡に面し、ピサロの時代には、
フランスでも有数の保養地だった。ピサロにしては珍しい海を描いた絵。

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左)スーラ「エッフェル塔」1889年 
右)マネ「キリストの頭部」晩年の作品。キリストの表情を描いている。
宗教画の主題だが、描き方は近代風で注目された。
 この絵は、シカゴ美の「兵士に侮辱されるキリスト」の表情研究として描かれた。

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ドガ「トロッティング(速足)で走る馬」
左後ろに、ルドンの絵。

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美しい大理石の彫刻。
ジュリオ・モンテヴェルデ「少年時代のコロンブス」1892年
左後ろは、英国のアルマ・タデマ「見晴らしのよい場所」1895年

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左)モネの「睡蓮」
右)カイユボット「セーヌ川沿いのひまわり」1885年
カイユボットはパリ郊外アルジャントゥイーユのレガッタで有名な場所に別荘を
持っていた。遠くのレガッタを庭に咲くひまわり越しに見ている。
 

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ルノワール、セザンヌ共に森を描いた風景画、ロートレック、ファンタン・ラトゥール
作品は、私にとっては平凡だったので、写真は撮らなかった。
ゴッホの栗や洋梨がある静物画、マネの少年、帽子屋など、パンフに載っている
見たい作品は、貸出中とのことだった。

もっと時間があれば、ゆっくりと過ごしたい美術館だった。
ここのチケットで、少し離れた所にあるアメリカ美術専門の美術館にも行けるように
なっていた。



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リージョン・オブ・オナー美術館(1) [外国の美術館、博物館]

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リージョン・オブ・オーナー美術館は、サンフランシスコの高台、ゴールデン・ゲイトブリッジの近くにある。
海が見渡せる風光明媚な場所に、1924年、フランスの宮殿、Palais de la Legion d'Honour
(レジオンドヌール)を真似て造られた。
入ってすぐ中央の広場に、ロダンの「考える人」がある。

所蔵品は、ヨーロッパのバロックから印象派まで、作品数は多くないが、各時代の代表的な作品
を揃えているので、美術の歴史のように眺めることができる。

(Ⅰ)17世紀

バロックの代表格ルーベンスの「ルーベンスの初期作品」展をやっていた。
左は、「ソドムを去るロトとその家族」1618年頃  中央「ライオンの穴の中のダニエル」1615年
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左の絵を見て驚いた。西洋美術館の常設に同じものがあり、長らくルーベンスまたは工房作とされてたが、
西洋美術館が1993年に綿密な調査を行ったところ、衣服の色彩の特徴などから、同時代のヤーコブ・
ヨルダーンスがルーベンスの構図をもとに描いた作品と推定されたのである。
だから、これが、本物のルーベンスね、と思って眺めた。
中央の「ライオンの穴の中のダニエル」、有名な絵だが、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵。

ヤーコブ・ヨルダーンスの「聖家族」1614年(左)もあった。
バロックの時代、アントワープのルーベンスと並んで有名だったのは、オランダのレンブラント。
"Portrait of Joris de Caullery"(右)Joris de Caulleryは、ハーグの市警団のメンバーだったそう。

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ルーベンスと同時代、アントワープで活躍した後、英国に渡り、貴族の肖像画をたくさん描いたのは、
ファンダイク。「ある夫人の肖像」1620年

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オランダのPieter Clasezの「静物画」1647年
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ジョルジュ・ラトゥールの Old Woman 1618年
ラトゥール初期の作品。スカートの絹の光沢は、光と影の画家ラトゥールならでは。
背景が中央から2色に分かれているのも面白い。
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フランス人だが、ローマで大半を過ごし、ローマの景色に理想郷を見出したクロード・ロラン。
「夕暮れのティボリの眺め」1642年 古い廃墟、滝があるティボリ、ロランが好きな夕焼け。

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(Ⅱ)18世紀
パリがヨーロッパの美術の中心地になった。バロックは衰え、風俗画、静物画が人気となった。
ワトー「4人組」1713年
背中を向けてる白い服の男はピエロ、逆端はメズタン(イタリア喜劇の定番)女性2人の計4人組。
さて、これから何が始まるのか。音楽と芸術の楽園アルカディアを思い起こさせる。
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フランスでは、優美な女性像のロココが人気となった。
ブーシェ「Competitions of Diana」 1745年
狩りの女神ダイアナが、狩りの道具を横に置いたまま疲れて眠っていると、もう一人の
女性が、羽根でダイアナの顔をなで、いたずらをしているところ。

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英国では、優美な肖像画が人気だった。
ジョシュア・レーノルズ「Anne,Townshend子爵夫人」

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イタリアのティエポロ「The Empire of Flora 花の神フローラの帝国」 1743年
ロココ調。背後には、ネプチューン(ローマ神話海神)の噴水が描かれている。
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19世紀の絵は、次回に。

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