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宝塚 月組公演 [オペラ、コンサート、バレエ]

宝塚のチケットは、手に入りにくい。
ファンクラブに入っていると、先行発売で買えるが、1つの公演に
何回も行く熱心な人が多いので、すぐに売り切れになってしまう。
今回、「行かれない人がいるので」と、私に声をかけてくれた友達も、
既に2回行ったと言っていた。
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コロナでの休館が5か月あったため、7月公演予定の出し物が、今になった。
しかも、企画をするのは、1年以上前なので、オリンピック開催に合わせて、
外人のお客様向けのプログラムが前半。坂東玉三郎演出による日本舞踊のショー。
和もののレビュー。
久しぶりの宝塚見物で、いきなり、和ものだったので、面食らったが、衣装も舞台も
宝塚ならではの、あでやかさ。
日本舞踊とショーダンスでは、全く違うと思うのだが、皆、腰を落とした姿勢で
きれいに舞っていた。かなり練習したのだと思う。
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後半は、1900年のパリ、ムーランルージュの劇場を舞台に、小説家コレット
の周辺を描いたミュージカル「ピガール狂詩曲」だった。
コロナ対策として、出演者を減らし、間隔をあける演出にしたそうだ。
宝塚なので、もちろん、出演者は全員女性。


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主演は、左から月組の男役スターの「月城かなと」「珠城りょう」と、
女役スターの「美園さくら」。
ガブリエル・コレットは、夫の名で出した小説が人気。夫と離婚、自らの名で
作品を発表。性の開放を叫ぶなどセンセーショナルな生き方をした。昨年、
映画「コレット」が公開されたが、この舞台は、実話とは違うシェークスピアの
「十二夜」にヒントを得たストーリーになっている。
ムーランルージュが華やかなりし頃なので、メガネがそっくりなロートレック
も登場、踊り子ラ・グリュも。フレンチカンカンのシーンもあり、華やかで
楽しい舞台だった。
バク転や組体操、タカラジェンヌのすばらしい運動能力に感心した。


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ベルナール・ビュフェ回顧展 [展覧会(西洋画)]

東急Bunkamuraのミュージアムに「ベルナール・ビュフェ回顧展」を見に行った。
ドアノーが撮影した30才の時の写真が展示されていたが、かなりイケメン。

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ビュフェは、今年没後20年、独特の具象画でフランスを始め各国で人気を博し、
作品数も多い。2016年にパリ市立近代美術館で、回顧展が開催され話題になった。
日本では、静岡県、クレマチスの丘に「ベルナール・ビュフェ美術館」があり、
世界でただ一つのビュフェ美術館である。
コロナ禍で、海外から作品を借りるのが難しいため、静岡のビュフェ美術館の
所蔵作品を中心とした企画展である。


ビュフェは、1928年パリ生まれ。フランス国立高等美術学校に入学。20才で
権威ある賞を受賞し、脚光を浴びる。

「キリストの十字架降下」1948年

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20才で早くも独特の細長い人物、幾何学的構成というビュフェスタイルを
確立している。キリストの十字架降下の話を現代に置き換えている。
悲嘆にくれているのはキリストの母マリア、肩を抱いているのはビュフェ自身。


肉屋の男 1949年
絵の説明に「ルーヴルにあるレンブラントの同主題の絵に影響されて描いた。
レンブラントに同じくビュフェも動物の皮を好んでいた。」と書いてあった。
「ロンドン・ナショナルギャラリー展」で見た「34才の肖像」で、レンブラントは
毛皮を着ているけど、、ルーヴルの毛皮の絵は、タイトルなんだろう?

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動物の皮は死してもなお存在感がある。一方、人間(自分)は、やせ細り、
壁と同化しそうな存在感のなさ。「存在の不安と不条理」と説くサルトルの
実存主義に通じるものがある。
当時は、サルトルの実存主義が大流行だった。

1950年、ビュフェは、パートナーのピエール・ベルジュと南仏に古い農場を
借りて住んだ。(ピエール・ベルジュはビュフェと別れた後、イブ・サンローランと
一緒に住み、サンローランブランドを立ち上げた。財界や政治家に知り合いが多い)、


拳銃のある静物  1955年
手紙の内容がなにだったのか?拳銃は手紙の上に置かれている。
手紙を抹殺したいのだろうか。
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コクトーが詞を書き、プーランクが作曲のオペラ「人間の声」の本の
挿絵をビュフェが担当、挿絵(モノクロ)付きの本が展示されていた。


ニューヨーク37丁目  1958年
ビュフェの茶色と黒を基調とした色合いが、ニューヨークの摩天楼を
表現すると、少しレトロになる。この頃から強く太い線描きになった。

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個展が成功し、多忙だった年、1959年。
モデルのアナベルと出会い、即結婚。
夜会服のアナベル 1959年

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1961年、チラシの絵「ピエロの顔」を描く。変装したビュフェの顔?

1962年、マルセイユのオペラ座の「カルメン」の舞台装置と衣装を頼まれた。
とても個性的な衣装で評判になった。モデルはアナベル。
「カルメン」 1962年

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小さいミミズク 1963年

このミミズクは、赤ちゃん?毛も体も未発達。目がかわいい。
ビュフェは、カブトムシや蝶を観察して、精密に描いている。
それらも展示されていた。
背景に薄いブルーが使われているのは。珍しい。
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赤い花 1964年 
非常にダイナミック。
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1972年から写実的な風景画の連作にとりかかる。これまでと異なるアカデミックな
表現で描かれている。
ぺロス=ギレック 1973年

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1980年代からビュフェは、私生活上での悩みが多くなり、苦悶の表情の自画像や
グロテスクと私には思える骸骨の絵があった。
その後、パーキンソン病で体が不自由になり、絵も描けなくなったので、自ら
命を絶ったのが最後である。


全部で作品数は80点。回顧展なので、ほぼ年代順の展示。
説明もわかりやすいので楽しかった。1時間ほどで気楽に見れる。


追記:若い頃のビュフェのパートナーだったピエール・ベルジュは、のちに
サン・ローランのパートナーとなり、ブランドを立ち上げた。サンローランと
共に築いたフランス絵画やアンティークのコレクションは質の高さで話題になった。

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