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アルベール・カーン美術館の日本庭園 [☆彡Paris 美術館]

アルベール・カーン美術館は、パリの西の端にあるブーローニュの森の一角
にあり、奇抜な形の建物は隈研吾の設計。
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玄関横は、京都の石庭風で、建物は正倉院の校倉造りを意識している。
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アルベール・カーンは、フランス・アルザス地方出身のユダヤ人銀行家で
実業家。1860年、明治時代より少し前の生まれ。アフリカのダイヤや金への
投資で財を成した後、若い人たちに世界を旅し、異文化を体験してほしいと
奨学金を出し、各国の写真や映像を集めた。その夥しい数の写真作品が、
美術館に展示されている。
カーンは、日本を気に入り、二度訪日し、伝統的な日本庭園を造った。
庭園だけでなく、明治時代の家もある。写真の右奥が入口。
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これは、表千家の16代家元千宗室から寄贈された茶室。京都から運ばれた。

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お茶花によく使われる白い椿もあった。赤い椿もあったが、バラの花と
間違えるほど、花が大きかった。気候のせいなのだろう。

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日本庭園の中心は池。

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池には、赤い太鼓橋がかかり、柳と桜が配置されている。

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桜は既に散ってるものが多かったが、満開の桜もあった。

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池なのだが、堀を意識したかのように石垣が組まれている。
石を積んだ三角形の山は富士山?

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斜面に植えられたツツジは、もうすぐ咲いて、赤いじゅうたんの丘になる
のだろう。この庭の手入れのためにフランス人の造園家が日本で学んだ
とのこと。

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日本庭園の他に、バラ園がみごとなフランス庭園、カーンの故郷アルザスの農家、
イギリス庭園などがあり、散歩には1時間以上かかるが、自然の中を歩くのは、
とても気持ちが良かった。


建物内の美術館部分の写真展示には、日本の明治時代のものや、フランスの植民地
のアフリカ各国のものなどが、カラーに変換され、20㎝平方くらいの大きさで、
横に20枚、縦に14枚、マス目状、格子のように壁面を飾っていた。
見始めると、興味は尽きず面白かった。
「世界平和、異文化共存」を願って作った美術館、アルベール・カーンの願いは、
ここに生きているということを強く感じた。



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ジャン=ジャック・エンネル美術館 [☆彡Paris 美術館]

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11時頃、ポンピドゥー・センターへ行ったら、帰る人が何人も。
「本日、社会的状況により休みます」という貼り紙。
E宅に帰宅後、きいたら、「社会的状況は、たぶんストライキよ。年金改革
への抗議のストライキが多いから」
数日前、日本のニュースでエッフェル塔がストで臨時休業と言ってました
ポンピドゥーは広くて見るのに時間がかかるから、きょうは一日、ここで
過ごそうと決めて出て来たのに、困ったなぁ。
寒い日だったので、カフェに入り、コーヒーを飲みながら、ここから近くて
ミュジアム・パスが使える美術館を探した。
「ジャン=ジャック・エンネル美術館」、エンネルの絵はアカデミック、古典的。
暗い背景に浮かびあがる美しく高貴な雰囲気の裸の女性。しかも邸宅美術館。
ここに行こう!


場所は17区。メトロの「マレゼルブ」駅で降りた。
知らない場所に行くには、スマホのGoogleMap が便利。
通りに面してるが、目印になるものがない、と思いながら歩いていたら、
フランスの旗が見えたので、国立美術館だから国旗とわかった。

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平日の12時半だったので、お客さんが誰もいない。し~んと静まりかえった中、
スマホで写真を撮るとシャッター音がするので、躊躇する。

こちらを見つめる美しい赤いドレスの女性の絵。背景、髪の色、ドレスが
赤茶色系で統一され、輪郭線がくっきり。自信にみちた表情、白い肌。
肩から腕の肉付きの良さ。近づいて見たら手にしたお盆の上に首、ということはサロメ!

右は「読書をする女」暗い背景に浮かぶ白い裸体が美しい。

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Idylle(田園風景)1872年

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「泣くニンフ」1884年

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この建物は2階、3階の吹き抜けになっている。ランプのデザインが世紀末。

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低い舞台の上にピアノが置かれているサロン。修復された今、コンサート
や集会にに使われているそうだ。
ここに、1800年末、芸術家たちが集まった。
この家は、エンネルの家でなく、有名な室内装飾家ギヨーム・デビュッフェの
住居なので、当時、最新流行だったのだろう。調度品もよく合っている。
エンネルは、この近所に住みサロンの常連だった。
この邸宅をエンネルの死後、姪が買い取り、作品を収蔵、のちにパリ市が買い取り
美術館になった。

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サロンを隔てて、グリーングレイだった壁の色と一転して、赤い壁の展示室。
ここは、イタリア時代の絵の展示。
エンネルは、1829年にアルザスの裕福な農家生まれ。幼い頃から絵が際立って上手だった。
パリに留学。ローマ賞を得て、ローマのメディチ荘にあったフランス・アカデミー
に派遣され、ティツィアーノ、コレッジョらのルネサンスの巨匠の絵に学ぶ。
だから、この部屋には模写作品がたくさんあった。その中で、少し毛色の異なる
作品、横1mのエンネル自身の大作。「ローマ メディチ家の庭園にて」1860年
テラスの奥に見えるドゥ オーモのシルエットから日没の時間帯なようで、
修道士や、 貴婦たちに光さす影がない。

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ローマから帰国後、神話題材の女性の絵や肖像画で、世紀末のパリで大人気と
なった。絵の研究は続き、「田園風景」に見られた輪郭線がなくなり、スフマート
技法で背景と溶け合うようになったのが「泣くニンフ」「読書する女性」1884年
である。


1871年、普仏戦争、フランスは3か月でドイツに敗れ、エンネルの故郷アルザスは、
ドイツに併合された。エンネルは、黒い喪服姿で赤白青のフランス国旗色の髪飾りを
つけた女性の絵を描き、右上に「彼女は待つ」と書き添えた。(写真が小さくて
見えないですね) 絵でアルザスのフランス復帰を待つと表現したのである。
代表作ともいわれている。
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19世紀後半から世紀末にパリの画壇で活躍したアルザス生まれの
ジャン=ジャック・エンネル、その魅力に改めて気づかされた美術館だった。
ついつい絵に没頭してしまったが、次回、訪れたら、デビュッフェ好みの
調度品をじっくり眺めたい。

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ギュスターブ・モロー美術館 [☆彡Paris 美術館]

ギュスターブ・モロー美術館は、有名なデパート「ギャラリー・ラファイエット」
から歩いて15分くらいで、モローの邸宅をそのまま美術館にしているので人気がある。

何年か前にパリに一緒に行った友達は、モロー美術館特集が載っているJALの機内誌を
「ここ、また行きたいわね」と手紙を添えて、送ってくれた。
今回は、行った(次の記事予定)美術館があっけなく終わったので、ここに来てみた。

モローの邸宅だったので、住宅街にある。
古き良き時代のパリという感じの石畳の緩い坂道を上るとモローの看板。
玄関を入ると、すぐに階段が見える。この螺旋階段はモローの設計だそう。
階段の周りにも絵がびっちり架けられている。
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階段を上がり、2階のモローの居室だった部分をさらっと見た後、
さらに階段を上がると、3階、4階は吹き抜けになっている大展示室。

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モローの絵は大きいものが多い。中でも、中央にある正方形の絵「求婚者たち」
が最大。この写真では絵のようすがわからないと思うが、トロイ戦争の英雄
オデュッセウスが戦いから帰ったところ妻に求婚する男108人が屋敷に上がり
込んでいたので、怒り狂い矢を放っている場面。中央、戦いの女神アテナは、
白い光に囲まれている。屋敷は、パルテノンふうで豪華。ストーリーを知って
いて見ると、神話の絵は面白い。

オデュッセウスが故郷に帰る旅は何年もかかった。途中、海では、美しい歌声で
航海中の人々を誘惑し、海に引きづりこむセイレーンの誘惑にも負けなかった。
「セイレーン」
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モローは裕福な家庭に生まれ、幼少のころから神話の世界に親しんでいた。
画家として、早くから認められ、23才の時には、フランス政府から注文を
受けるほどで、後年には官立美術学校の教授も勤めた。生活のために絵を
売る必要がなかったので、手許にあるたくさんの絵を見せるため、家を
美術館にするようにと遺言をし、ルオーが初代館長となった。
だから、この美術館は、所蔵品が多く、所狭しと絵が架けられている。

左:「レダ」 レダに言い寄る白鳥に化けたゼウス
右:「プロメテウス」ギリシャ神話 プロメテウスは、人間に「火」を与えたため
ゼウスの怒りを買い、山の岩に繋がれ、ハゲタカに身体を啄ばまれる罰を与えられた。
Morot_Leda2.jpgMorot_Promete2.jpg


左:「出現」ユダヤのヘロデ王の義理の娘サロメ、祝宴で客の前で踊った褒美に
ヘロデ王の再婚をとがめ牢に入れられている預言者ヨハネの首を所望。首が
出現したところ。それまでの画家は首が皿に載って運ばれてくる形で描いていたが、
突然、首だけが出現するところが、象徴主義のモロー。モローの代表作の一つで、
サロンに出品され好評だった絵。背景の壮麗な宮殿も丁寧に描かれている。
オルセー美術館の同名の作品は、背景が小さめでサロメが大きい。
右:「踊るサロメ」入れ墨姿で踊るサロメ。横に立つのは従者で中央後ろにヘロデ王が
見える。
Morot_Appearance2.jpgMorot_SalomeDancent.jpg


「一角獣」明るい色彩なので、描かれているものが明快にわかる。

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十字架のキリスト
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額に絵の名前がついているものが大作で、そうでないものは、番号だけが置かれ、
作品名がまとめて別の所に表示されていた。
こんな風景画を描いていたこともあったのね、と眺めた。詩情がある風景画が
神話画に繋がっていくのだろう。
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デッサンもあり、展示されている作品数が非常に多いので、モロー好きの人は、
たまらなく楽しいと思う。
モローに興味がなくても、邸宅、モローの居室、調度品が面白いかと思う。

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ロダン美術館・パリ [☆彡Paris 美術館]

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ロダン美術館は、パリの中心部に近い所、オルセー美術館へ1.5㎞の場所にある。
ここは晩年のロダンが亡くなるまでの10年間、暮らし、アトリエとして使った。
建物は、元王族のもので、フランス政府が買い取ることとなったときに、この館を
気に入っていたロダンが、死後、自分の作品やコレクションを国家に寄付するので、
美術館として残して欲しいと提案し、受け入れられた。王族の屋敷だったため広く
立派なフランス式庭園があり、散歩に最適である。

「考える人」は庭の一角にあるり、背後に金色のドームのアンバリッドが見える。


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玄関を入るとロビーがあり、そこがチケット売り場。二階へ続く螺旋階段が美しい。
クリスマスだったので、大きなツリーがあった。

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アトリエだったので、机の上や棚には、石膏の小さな試作品がいろいろ並んでいた。
これは、バルザック像のための小さい試作品。着衣のものと裸のもの。
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左は、画家シャヴァンヌ、右は作曲家マーラー。
タイトルを読んで、シャヴァンヌは威厳があるわね、とか、マーラーは、
こういう顔ね、と眺めた。顔に内面がにじみ出ると言う言葉が浮かんだ。
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ロダンの代表作、フランス政府から注文を受けた大作「地獄の門」のために、
さまざまな装飾が考え出され、「考える人」、「接吻」、「フギット・アモール」
などが制作された。
「接吻」1900年 ブロンズ、砂型鋳造
よく知られている右の写真が正面なのだが、ガラスケースで光るのと映り込みとで、
まともに撮れないため、男の人の顔を正面に撮ってみた。女の人にはこう見えるはず。
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「フギット・アモール」(去りゆく愛)
離すまいと仰向けで女にすがる男(左)と、両手で頭を抱える女の姿。
「フギット・アモール」と「接吻」は、ダンテ『神曲』の登場人物「パオロとフランチェスカ」
をもとに生み出された。夫の弟である美青年パオロと道ならぬ恋に落ちたフランチェスカ。
「自分から離れようとする女を引き留める男」と運命に苦悩しつつ離れられない女。
何かを訴えかけるかのような男の表情と、口を引き結んだ女の表情が近くによるとわかる。
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Rodin_FigutAmour2.jpg前から見た女の表情。


1階には、ロダンの遺言で、弟子であり愛人でもあったカミーユ・クローデルのための
部屋がある。
カミーユ・クローデル「分別盛り」。
こちらは、老いた女性に(左端、マントをひるがえしてる)につかまれ、
去っていく男にすがる若い女。老いた女性はロダンの妻で男はロダン、若い女性はカミーユ。
切ない場面。オルセー美術館にも同じ作品がある。
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カミーユ・クローデルの「波」
北斎の「富嶽三十六景」神奈川沖浪裏からの影響といわれている。
波の大きさに対し、女性たちの小さいこと。飲み込まれるかと心配になる。
波は天然石オニキス、石の模様が波の表情のようで実に美しい!
女性ならではの繊細な作品。

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2階には、ロダンが描いた絵と共に、買い集めたコレクションの絵が展示されている。
ロダン自身の作品は、風景画が多かったが、印象的だったのはキリスト磔刑図。
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ムンクが描いた「考える人」。場所はLubeck, DocteurLindek 公園
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モネ「ベリール Belle ile」 1886年
ベリールは、美しい島の意味でブルターニュ半島にある。
東京のアーティゾン美術館には、これに似ている「雨のベリール」という作品がある。
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ゴッホ「収穫者 Les Moissoneurs」1888年
ゴッホが最後の3年間を過ごしたアルル地方。小麦畑が光を浴びて黄金の畑となり、
収穫作業をする人が見える。向こうにはアルルの町。右に列車が煙をはきながら、
走り、左からは工場の煙突の煙がたなびく。

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ゴッホ「タンギー爺さん」1887年
タンギー爺さんは、パリで画材屋兼画商を営んでいた。
日本の浮世絵が好きだったゴッホは、背景に浮世絵を描いたが、
タンギー爺さんの店で浮世絵を売っていたわけではない。

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この時、行われていた「アントニー・ゴームリー展」については、次回の記事にします。




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ケ・ブランリ美術館 [☆彡Paris 美術館]

ケ・ブランリ美術館は、2006年開設の新しい国立の美術館。
アジア、アフリカ、オセアニア、アメリカ大陸固有の文化・文明・芸術を
写真や映像で紹介、展示をしている。
ここは元復興省があった場所で、エッフェル塔近くの広大な土地なので、
美術館の建物の他に自然を感じられる庭園が造られている。

7月、ここの入口ホールで、宮崎駿監督のアニメ映画「もののけ姫」の一場面を織った
タペストリーが初公開された。タペストリー制作は、ユネスコ無形文化遺産に登録されている
フランス中部のオービュッソンという町の工房。「オービュッソン、宮崎駿の空想世界を織る」
プロジェクト全5作のうちの第1作目だそう。
とにかく大きい! 高さ5m。

 

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近くに寄ってみるとわかるが、実に細かい緻密な作業。緑のコケ蒸した
幹は太い毛糸でざっくりと重量感、岩は細い糸で乾いた感じにと、素材を
変えて織り分けている。
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美術館はこの赤い建物で、入口は、右の奥。
草が生い茂る熱帯を意識した庭園は、景観アーティストの第一人者、
ジル・クレモンによるもの。従来のフランス式庭園の対極にある。
建物の外壁には植物が植えられていて、これは別の造園家の設計。
とにかく緑がいっぱい。
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中央に見えてるブルーは広告を貼るボード
7月8日から8月27日まで、日本のアニメ映画が無料で見れると書いてある。
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白いデッキチェアもおしゃれ。
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白いパラソルがあるのは。アラン・デュカスのレストラン・カフェ。
「アラン・デュカスなら美味しいわよね」と列に並ぶ。
2種類のアイスまたはシャーベットを選ぶ。ヴァニラビーンズのアイスと
苺のシャーベットにした。苺を凍らせました状態で美味。銀の食器は冷やしてあった。
さすが。
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売店に宮崎駿のダイジェスト版アニメ本(仏語)、千と千尋の神隠し、ハウルの動く城、
平成狸合戦、ラピュタ、ナウシカなどが平積みされ、グッズもあったので面白く眺めた。
もちろん、アフリカやインド、インドネシア、中国の工芸品も並んでいて、それら、
一つ一つが普段、見かけない珍しいものだったので、次は、美術館の常設作品を
見に来ようと思った。

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オルセー美術館(2023年春) [☆彡Paris 美術館]

ルーヴル美術館は、古代から19世紀までの美術作品を所蔵。
オルセー美術館は、19世紀美術専門の美術館なので、日本でなじみ深い印象派、
マネ、モネ、ゴッホ、ルノワール、セザンヌ、ゴーギャンなどの作品を所蔵している。
元はパリ万博の時に作られた駅舎という建物だが、かなり大きく豪華である。
出入り口付近には、銅像が数点あるが、私が好きなのは、サイ(右)と馬である。
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私は、いつも見る道筋が決まっている。1階の左通路から見る。そこが第1室から第3室。
1,コンスタン・トロワイヨン 「森番の少女とガチョウ、犬がいる牧草地」
牛を描いたらピカいち。牛だけの絵が多いが、これは牛の傍らに女の子と
ガチョウがいる風景。のどかさがが気に入った。。白が美しい、 

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2,ウィリアム・モリス・ハント 「農婦」
ハントはアメリカ人。バーモント州の資産家の息子、ハーヴァード大で学んだが、
パリでミレーに弟子入り、バルビゾンのアーティストコロニーで過ごした。
後年、肖像画家として、ボストンで活躍したが、ボストンの大火で作品の多くが消失した。
ハントはボストン美術館開館にあたって作品の選定をした。

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3,ジェームス・ティソ 「ミラモン侯爵夫妻と子供たち」
「侯爵夫人の服がすばらしい!手仕事だわ」と絵よりも服飾に興味がある友達Eは、
立ち止まって、しばらく眺めていた。

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4,アンリ・ファンタン・ラ・トゥール「テーブルの片隅で」
集団肖像画。左から、ヴェルレーヌ、ランボー。ランボーは左の6人に背を向け反抗的。
「地獄の季節」執筆の直前の頃。実際に見ると、ファンタン・ラ・トゥールなので、
手前の花瓶の花が精緻で美しい。
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5,彫刻  
エルネスト=ウジェーヌ・イオール「イルカに乗ったアリオン」1870年。
少年が相手にしてるのは魚の化け物?何か話がありそう。美しい彫刻なので
気になって写真を撮った。
コメント欄でInatimyからタイトルを教えて頂いたので、ギリシア神話と
わかった。歌の上手なアリオンは、王様の城によばれ、歌を披露し、褒美を
もらって帰る。帰途、褒美を略奪しようとする船乗りたちに殺されそうになるが、
「死ぬ前に琴を弾かせてほしい」と頼み演奏。琴の音にイルカたちが集まって
来て、アリオンを背に乗せ、故郷に連れ帰ってくれるのでした。

写真では逆側で見えないけど、アリオンは琴を肩に担いでる。


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20分くらい見たところで疲れたEが「お茶にしましょ」というので、
カフェテリアのある5階に上がる。
Eは、チョコレートパフェ、私は「プロフィットロール」。小さいシュークリームに
チョコをかけたもの。最近、東京で見かけない。紅茶は「クスミ・ティ」だった。
空港のおみやげでも、マリアージュ・フレールが減り、クスミ・ティが増えていた。
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6,ゴーギャン「画家Schuffeneckerのアトリエにて」1889年
画家Schuffeneckerは、ゴーギャンと共にカロリス=デュランの塾に学んだことが
あった。タヒチに行く前、Schuffeneckerに下宿していた時にSchuffenecker一家を描いた絵。
夫人も子供も思いつめたような表情。何があったのか。。

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7、ゴーギャンアルルのアリスカン」1888年
ゴーギャンは、ゴッホの招きで1888年10月にアルルにやって来た。
二人で、日々、風景画の新しい描き方を模索した。これは世界遺産になって
いる郊外にある古代ローマの墓地アリスカンで、遠くに丸い天井の教会があり、
左手前に川が流れ、小道をアルルの民族衣装の女性2人とゴーギャンが歩いている。
右側の黄色は紅葉した木々で下に灰色の墓が見える。
ゴッホとゴーギャンは、共に「アリスカンの並木道」という絵を制作した。

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8,エミール・ベルナール「愛の森のマドレーヌ」1888年
ゴーギャンたちが住んだポン=タヴァンにある美しい森「愛の森」、
横たわる女性マドレーヌはベルナールの妹。木々に比して大きな姿。
ベルナールは、「クロワゾニスム」という輪郭線を強調する画法を進め、
マドレーヌの衣服の輪郭線にそれがはっきり示されている。
輪郭線を書かずに色で塗り分ける7,ゴーギャンの「アルルのアリスカン」
と大いに違う。

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9,ベルナール「海沿いの村の刈り入れ」1891年
原題は「海沿いの積みわら」。クロワゾニスムの手法で描いているが、色の
塗り分けを巧みに用いた
平面的で単純な構成。幾何学的な積みわらの配置に
リズムがあり、対角線を感じる画面構成の安定感。
パステル調の色彩が優しさを添える。好きな作品。

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10,モーリス・ドニ「カルバリの丘へ登る」1889年
キリストは民衆をそそのかし、地上に神の国を作ろうとしたという罪で、
捕らえられ、十字架を背負って処刑地カルバリの丘に登らされる。
この絵はドニ19歳の作品。大きい絵ではないが気になった。
ゴーギャンの展覧会に魅了されたドニは、キリストの磔刑にまつわる場面を
単純化し、神秘性を持つようにとヴェルレーヌの詩も意識して描いた。
手前の女性グループは黒いシルエットで描かれ、上部の槍を持つ兵士の集団
もシルエットで描かれ、キリストに手を差し伸べる女性が中心。手前の草花
が柔らかく詩的な雰囲気を出している。
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11,ドニ「テラスへの太陽の光」1890年
三菱一号館で開催された「オルセーのナビ派展」にも来ていた作品。
「絵画とは本質的に、一定の秩序の下に集められた色彩で覆われた平坦な表面」
というドニの言葉を表した作品。鮮やかな色彩。

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12,ポール・セリジェ(セリュジエ)
セリジェがゴッホの影響で作成した単純化された色彩表現で象徴性の高い
「タリズマン(護符)」という作品をもとに、ナビ派が創設された。
「にわか雨」1893年
三菱一号館で開催された「オルセーのナビ派展」にも来ていた作品
当時、セリジェは日本美術に関心をもっていたので、泥がはねないように
裾を持つ女性のしぐさは、日本の版画の雰囲気がある。ブルターニュの
民族衣装だが、背景の建物はパリの町。建物のグレーと服装の色彩が合っている。

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13,ポール・セリジェ「泉のほとりの女性たち」1899年
日本の掛け軸のような構図。水甕をもって泉に水を汲みに行く女性の列が
S字型のカーブをなす。先頭の女性が汲んだ水の周りに波紋が広がる。澄んだ水面に
映る木々、女性たち。遠景の建物や女性たちはグレーのシルエットで描かれ、
高い木々が異国的な雰囲気を醸し出す。

23SerugerFemmes a ala source1899.jpg

14,ポール・セリジェ「三角錐」1910年
友達Eが、「ね、これ見て。今の作品って言っても通じる雰囲気。100年も
前なのに」と注目してみていた。精神性や宇宙とのつながりを意識した作品
で、象徴主義、抽象主義との説明書きあり。

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以下はゴッホ作品。ゴッホは父親と同じ牧師を志すが、挫折し、画家となる。
28歳で画家として出発、37歳で亡くなるまで、わずか10年しか活動をしていない。

ゴッホ作品の部屋で一番人だかりがして、撮影をする人が多かったのが、
G1、星月夜 1888年
フランス南東部を流れる「ローヌ川」に映るロマンチックな星空と、
腕を組んで歩くカップルをムーディーに描いた作品。
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以下、年代の古い順に。
G2、「暖炉のそばの農婦」1885年
絵の色合いが暗く、貧しい農民を描いていた時代の作品。
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G3「モンマルトルのカフェテラス(ギャンゲット)」1886年
モンマルトルに住み、モンマルトル風景を描いていた頃の作品。
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G4、「銅の花瓶に入ったFritillaires couronne impériale」 1887年
Fritillairesはチューリップのように春に咲き茎に花をつける種類。
アミガサユリという訳があるが、少し違うと思う。
背景はシニャックに影響を受け、点描を試みているが手法は異なる。
青とオレンジ色の対比が印象に残る。
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G5、「イタリアの女性」1887年

モデルは、パリでカフェを営む女性で、イタリアのナポリ出身。
絵の上部と右側の縁の模様は、日本の浮世絵からのインスピレーション。
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G6、「自画像」1889年
サン・レミの精神病院にいた時に描いたもので、淡い色合いながら、
背景のうねりがゴッホの当時の精神状態を表してる。表情からは、
内面に秘めた激しい感情が伝わってくる。
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G7,「コルドヴィルの藁ぶき屋根の家」1890年
オヴェールの村はずれの農家の風景を描いた作品。
全てが力強くうねる曲線で描かれている。
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G8,「庭でのマドモワゼル・ガシェ」
ゴッホが世話になっているガシェ医師の娘が庭に立つ姿。
オルセー美術館所蔵の晩年のゴッホ作品の大半は、ガジェ医師による寄付のもの。

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