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白い花の絵のシャンパン [シャンパン・ワイン・ビール]

5月ももう終わり。今では遠くに感じられるGWの時、M子さんが、「Sとシャンパン飲む約束を
してるんだけど、あなたのうちでいい?お料理は作ってくから」
M子さんが、「お誕生日に白い花が描いてあるシャンパンをもらった」とSに言ったら、
「それは有名なガレの絵で高いですよ」「じゃ、今度、一緒に飲みましょう」と約束した
んですって。じゃ、M子さんちで飲めばいいのにと思ったら、「うちは今、外壁工事が入ってて、
うっとうしいから」と、私にどう?ときいてきた次第。

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ところが、M子さんが持ってきたシャンパンは、白いアネモネではなく、白いマーガレット柄。
「違う」って言うと、「えーっ、そういえば、アネモネのは、アールヌーヴォーぽかったわね。
これ、シンプルですものね」 Sから遅刻連絡が入ったので、「じゃ、私が冷やしておいた
シャンパン、ニコラ・フィアット、高くないけど結構いけてるわよ。それを飲んでましょ」
暑い日で、まだ5時半だったので、スイカとリンゴを食べながらのアペリティフ。

M子さんが作って来たのは、和風野菜サラダ、牛肉とささがきごぼう煮、鰻巻、
から揚げ新じゃがの鶏そぼろかけ。
私は、イサキのムニエル、カレー風味とアップルパイ(写真なし)を作った。
白はアルザスのリースリング、赤は田崎真也コレクションのボルドーをM子さんが持参。

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遅れて来たSが、「端午の節句だから、ちまきと季節の生菓子」を京都・亀屋則克で
買ってきた、と持参。昔からの商売の方法を今も続け、デパートに一切出店しないが、
お菓子はいつも午前中で売り切れてしまうんですって。

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頂きものの「ブッラータチーズ」を食べてみた。
モッツァレラのようなフレッシュチーズ。ナイフで切ると中から生クリームと
モッツァレラチーズを砕いたものが出てくる。チーズの中にまたチーズ。
でも、しつこくなくて、少し生クリームっぽいモッツアレラ。
リンゴにのせて食べたら、美味しかった。

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和のランチ・洋のランチin 恵比寿 [和食の店]

(1)紀風
3人で和食でランチをすることになった。
「どこにする?あなた決めて」と言われ、以前、行って美味しかった恵比寿「紀風」に予約をした。

春の献立。私が好きなものばかり出て来た。
1、胡麻豆腐、ソラマメ添え
2、青柳・山菜酢味噌和え、ホタルいか白味噌、手前の菜の花の下にはウド、卵の黄身添え
3、海老しんじょうとこごみの吸い物
4、お造り(鯛、かつお)
5、鰆塩焼き
6、鯛のあら煮、ごはん、香の物   7、抹茶アイス(写真なし)
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野菜ばかりでなく、お魚がたくさんある献立なので、うれしい。
これで6000円、飲み物と税金を入れても1万円でおつりがきた。

(2) ロウリーズ・ザ・プライムリブ(ローストビーフ)

赤坂にあった「ロウリーズ」が恵比寿ガーデンプレイスに移転した。
下の写真で奥に、Lawry's の金文字が見える。
赤坂の時より、カジュアルなインテリアだが、お料理は変わらない。

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ランチタイムは、前菜とサラダがビュッフェ式なので、好きなものをたくさん食べられる。

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ローストビーフは、これでも一番小さいランチタイム限定カット3000円。友達はこの上のサイズ
「トーキョーカット」4000円を頼んだが、大して変わりがないように見えた。

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友達が、「このナイフ、切りにくい」と言っているところに丁度来たサーヴィスの人が
「切り分けますよ」と、慣れた手つきでやってくれた。
遅い時間に行ったので、お客さんが少なく、お店の人も手があいているので、サーヴィスが
ていねいだったが、離れた席でやっている子連れママたちの誕生会の子供が店内を走ったり、
うるさかった。


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若冲展 [展覧会(日本の絵)]

東京では、この派手なポスター、見かけた人も多いと思います。
「若冲展」、会期もあと数日。GWには混雑ぶりが話題になりましたが、まだ混んでいるのでしょうか。
でも、一見の価値があります!

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若冲って?っていう人のために少々解説。
江戸時代に京都で活動した絵師、伊藤若冲(1716~1800)。
青物問屋の長男として生まれ裕福に育ち、家督を継ぐが、30才過ぎから絵にのめり込み、
画業に専念するため40才で弟に家業を譲り引退、仏の教えを学ぶ。
当時は狩野派の絵が主流だったが、若冲には、狩野派の影響は見られない。
「若冲ブーム」は、2000年に京都国立博物館で開催された展覧会以来で、東京では、
2006年に「プライスコレクション展」が開催され、人気は不動のものになった。

若冲は長い間、忘れられていたが、その良さを発見したのはアメリカ人のジョー・プライス。
プライスは大の日本びいきで、1ドル360円の時代に若冲作品を買い集めた。
私が若冲を知ったのも、プライスコレクション展であり、以来、いくつもの展覧会を見ている。
    皇室の名宝展(2009年)  京都 細見美術館展「琳派・若冲と雅の世界」展(2012年)
    若冲と蕪村展(2015年)

会場に入ってすぐが、鹿苑寺大書院障壁画の襖絵。全部で4面。
筆が緻密で水墨画の傑作。若冲が得意とする「葡萄」の「葡萄小禽図襖絵」に見入ってしまう。
上から垂れ下がる葡萄の葉と房、画面に伸びる蔓の線のみごとさ。力強い部分と先端の渦巻き
部分。ぶどうの一粒、一粒まで細かく描かれている。広い余白に静寂さを感じた。

今回、若冲愛好家の話題は、行方不明だった「孔雀鳳凰図」が展示されていること。
昨年、某家の蔵から発見され、岡田美術館所蔵となった。
これは、「鳳凰の図」で、「老松に孔雀の図」と対になっている。鮮やかな赤いハート型が尾に
付いている。鳳凰も赤白青と極彩色。
これらは、「動植綵絵」の「老松白鳳図」「老松孔雀図」に似ている。

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若冲は青物問屋の息子なので、野菜や植物を描いたら、天下一品。
左は玉蜀黍、右は隠元豆。
玉蜀黍には、よく見るとバッタがいる。隠元は、さやの周りの墨を濃くし、さやと中の豆を
目立たせている。下の方にちょこんと座ったカエルが愛らしい。
 
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若冲は、版画も制作した。
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さて、今回のメインは1階展示室、ぐるっと広い円形の部屋全部を使った展示はみごと。
主展作品50点中33点がここに集まっている。
正面にあるのが相国寺に寄進した「釈迦三尊像」の3幅。

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そして、皇室所蔵の「「動植綵絵」。かなり大きな絵なので見ごたえがある。30幅展示。
若冲が10年かかって描いた連作30枚で、報国寺に寄進したが、明治時代の廃仏毀釈のために、
寺はこれを皇室へと献上。下賜金を得た。

30幅のうちの一枚「群鶏図」

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「老松鸚鵡図」

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2階に上がると、「菜蟲譜」が全巻広げての展示。野菜や果物が描かれている前半、
虫や両生類が描かれている後半も一気に観られる。
「乗興舟」

大阪の西福寺の「仙人掌群鶏図襖絵」も素晴らしい。金地の襖に鶏たちの共演。
そしてこの襖の裏は、「蓮池図」でモノクロ。表の鮮やかさと一転して寂しい光景。
花が朽ち、枯れていくさま。ここには静かな時間が流れていた。

2008年に北陸の旧家から見つかり話題となった傑作「象と鯨図屏風」も登場。
これは昨年、「若冲と蕪村展」で見たばかり。

ラストはプライスコレクション。
「虎図」」、「鷲図」などのほか、プライス氏が初めて購入した若冲作品「葡萄図」も
出品されていた。もちろん、有名なモザイク屏風の「鳥獣花木図屏風」もあり、
人気で人だかりだった。いつ見ても可愛い。

「動植綵絵」の作品保護から会期は僅か1ヶ月。巡回もなし。
水墨画が少なく、豪華な作品の連続だった。


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PARIS オートクチュール展 [展覧会(絵以外)]

「PARIS オートクチュール展」を三菱一号館に見に行った。
これは、パリの市庁舎で開催された「オートクチュールの歴史展」をこの会場に
合わせて再構成したもの。   (5月22日まで開催)
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オートクチュールは、高級な注文服のことで、19世紀後半のパリでシャルル・ウォルトが始めた、
チラシに使われている衣擦れの音が聞こえそうな豪華な「ジャガード生地のドレスと金ラメ入りニット
のアンサンブル」は、クリスチャン・ラクロワがウォルト偲んで1991年に発表したもの。
つまり、「これぞオートクチュール」というものでしょう。

会場、はいってすぐは、ウォルトのコーナー。赤に黒の大胆な刺繍のあるケープ。
夜会服の上にはおっていたのでしょうね。同じくウォルト作の毛皮のマフとストール。
喪服もあったが、とっても細いウェスト。コルセットの時代。

ポール・ポワレのイヴニングドレスは、すとーんとした直線的な身体を締め付けないもの。
当時、脚光を浴びて人気があったのもわかる。ラウル・デュフィはポワレのデザイン画を
描いたりもしていたが、ここでは彩色した木版画によるお店用レターヘッド。

扇子、香水、ハンドバッグ、帽子など、どれも手のこんだ豪華な手仕事の品。

次の部屋は撮影OKだったので、スマホで写真を撮る人が大勢。

今でも着れそうなのが、ジャン・パトゥのジャケットとドレスのアンサンブル。1939年
重量感あるビーズ刺繍。照明でキラキラしていた。
後ろに見えている背中が大きくあいたドレスが、グレのイヴニング。1934年。

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黒のドレスばかりの中で、目立ってたいたのが、ゴルチエの「青い鳥」2006年。
グレへのオマージュの作品。グレはプリーツが得意だったので、プリーツを使っている。

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バレンシアガ、スキャパレリと知ってる名前のドレスが出た後は、ディオールのドレスが続々現れた。
左は2014年、右は1952年。

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ヘップヴァーンが「ローマの休日」で来てたような王女様ドレス。

友達と、「昔これ、あったわよね!」と顔を見合わせたのが、ピエール・カルダンのドレス「的」。
白地にジャスパー・ジョーンズの「弓矢の的」のような大胆な柄。元祖日本人モデル松本弘子
が着て雑誌に出たそう。

シャネルだが、デザイナーはカール・ラガーフェルト。1995年
スーツのように見えるがワンピース。

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駝鳥の羽根を緑にそめたものとピンクのシルクタフタのバラのコサージュつき。
とろりとした絹地に、真珠やビーズで刺繍があしらわれ豪華。

バレンシアガ 「イヴニング・ドレスとペティコートのアンサンブル」1967 年
シルクの光沢。美しいピンク。オストリッチの羽根が使われている。
しかし、私にはマタニティドレスのように見えてしまう。

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キャサリン妃のウェディングドレスを担当したアレキサンダー・マッキーンのパンツスーツは、
地味なジャケットの裾に柄物スカーフがついたような奇抜なデザイン。「これなら着れる」と
友達が言うが、私は遠慮しておく(笑)

ドレスは、オートクチュールよりも安く簡単に手に入るプレタポルテ時代になり、メゾンの数は
激減したそうだ。そんな時代だからこそ、モードの歴史の展覧会が大切なのだろう。
この展覧会を企画したオリヴィエ・サイヤール氏は、2011年にブルーデル美術館で開催した
「マダム・グレ展」が評判になったことで、今回、抜擢されたそうだ。

オートクチュールでいちやく有名になったパリだから、「モード美術館」があり、いつでも
服のファッションの流れを見ることができる。また時々、興味ある企画展も開かれている。
2004年に見た「ディトリヒ映画衣装展」もよかったし、ランヴァンの展覧会もよかった。
パリに旅行のかたにオススメ。


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黒田清輝展 [展覧会(西洋画)]

GWの連休中、よく晴れた陽射しがまぶしい日の午後、久しぶりに時間がたっぷり
あるので、展覧会を2つ見たいと思い、上野へ行った。西洋美術館で「カラヴァッジョ展」
を見てから、国立博物館「黒田清輝」展に行った。

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「黒田清輝、明治時代の人ね。教科書に絵があったけど、古くさいから興味ない。
それより、パリ・オートクチュール展に行きたいわ」と、M子さんに断られたので、
だいぶ前に、トーハク別館「黒田記念館」に一緒に行ったYならOKかも、とさそった。

会場に入ってすぐは、何度か見たことがある絵。東京芸大所蔵の「台所」。
ライトアップされての展示で、冬の青みがかったグレー画面が落ち着いて美しい。
窓からの静かな光が、赤みをおびた頬、さらに組んだ手に差し込んでいる。
フランスへの留学時代に描かれた作品で、モデルは下宿先の娘マリア・ビョーで、
黒田と恋愛関係にあった。
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黒田清輝は、1866年鹿児島県生まれ。親戚の黒田子爵の養子となる。
東京外国語大学を経て、法律を学ぶためにフランスに留学するが、パリで画家の山本芳翆や
画商・林忠正と知り合い画家に転向。外光派のラファエル・コランに師事をした。
外光派は、当時の画壇の主流で、印象派的な明るい外光表現+アカデミックで堅実な描写が
特徴であった。
オルセー美術館所蔵のコランの作品「フロレアル」が展示されていた。
明るく美しいコラン作品は他に5点あった。

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アカデミズム表現の人物が草原から浮いている感じ、と印象に残る絵。
「フロレアル」は習作を府中市美術館と芸大美術館で見たことがあるが、これは完成品。

黒田を画家に転向させた山本芳翆の「猛虎一声」も展示されていた。

黒田はパリでの修業時代、まず、ミレー、レンブラントの模写をした。
レンブラントの「羽根帽子をかぶった自画像」、「解剖学講義」の模写が展示してあった。
そして、ミレー、ルパージュなど農村を描いた絵に大きな影響を受けた。
ミレーの絵3枚とルパージュの「干し草」がオルセーから来ていた。
「羊飼いの少女」1863年 ドラマティックな絵[黒ハート]
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黒田がミレー風、バルビゾン派的に描いた「祈祷」
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同時代関連ということで、モネ、シスレー(吉野石膏所蔵)、ピサロ(埼玉県近代美)が
展示され、さらに、シャヴァンヌも島根県立美術館から「休息」、「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」が来ていた。
黒田がコランの紹介状を持ってシャヴァンヌを訪問し、自分の裸婦画「朝妝」に対して助言を求めたと
いう関連からであろう。(「朝妝」は戦災で消失)

黒田は、コランの下で、アカデミズムの絵画技法をしっかり身に着けた後、パリの南東60キロ
にあるグレー・シュル・ロワンが絵にふさわしい景色であると気に入り、住んだ。
そして絵のモデルとなるマリア・ビョーに出会ったのである。
グレー・シュル・ロワンを描いた「落葉」 
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当時、フランスで画家デビューをするためには、サロンに入選することが必要であった。
グレーに住み始めた25歳の時、「読書」が入選をした。上のチラシの右側の絵。
モデルは、「台所」と同じマリア・ビョー。一心不乱に「この先どうなる?」と読む姿が
ページをめくる指先と真剣な目つきに現れている。

「菊花と西洋婦人」
鏡をのぞきこんで、お化粧をしている女性。モデルはマリア・ビョーの姉。
画面の半分以上を占める菊の花。

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10年の留学の後、27才で帰国した黒田が、帰国後すぐに描いたのが、「舞妓」。
西洋画の技法で舞妓さんを描いているので、写真ではわからないけれど、油絵の質感が
重いと私には思えた。出窓に座る舞妓。鴨川に反射する逆光。強い色彩の着物。

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黒田は、帰国2年後に東京美術学校の講師となり、白馬会を結成して、日本の洋画壇に
新風を吹き込んだ。白馬会第1回展に出したのは、「昔語り」(習作)。京都に旅した時、
お寺の僧からきいた平家物語の哀話にヒントを得、制作した作品。風俗画ともいえようか。
かなり力を入れて制作したので、たくさんの部分、部分の習作やデッサンが一部屋全部を
使って展示されていた。完成品は、神戸・住友家に飾られていたが、戦災で焼失した。

上のチラシの左の絵「湖畔」。有名な絵ですね。箱根で夫人をモデルに描かれた。
明るい光や涼しげな空気感は、西洋の外光派表現で、人物は浮世絵のように日本的な表現。
絵の具の薄塗りが水彩画のふんいきで、「舞妓」とは、かなり違った表現。

黒田32才の年に、東京美術学校に「西洋画科」が新設され、教授となった。

晩年はアカデミズム的な作品を制作する。
「野辺」 師のコランの「フロレアル」を意識したのだろう。
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「鉄砲百合」 こちら側へ倒れてきそうなほどに咲き乱れるようすが美しい。
後ろの赤い花もアクセントになっている。

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さらに帝室技芸員に選ばれ、貴族院議員なり、美術界を指導する立場となった黒田には、
肖像画の注文も多かったそうで、何枚かあったが、あまり印象に残らなかった。

代表作のひとつ、大きな金色のパネル3枚の裸体連作画「智・感・情」が、ラストだった。
これは、パリ万博に出品し、銀牌を受賞したが、当時、日本では裸体画は白眼視されて
いたので、物議をかもしたそうだ。ライトアップされていたので、体を形どる赤い輪郭線が
はっきり見えていた。

戦災で失われた東京駅の壁画についてのモノクロ写真展示もあった。

全部で200点、見応えがあるたくさんの展示だった。
トーハク(東京国立博物館)は、黒田作品を数多く所蔵し、黒田記念館まで持っているので、
このスケールでの開催ができたのだろう。
黒田作品だけでなく、オルセー美術館から借りた同時代の画家の絵も展示され、幅広く
黒田清輝の生きた時代を捉えていて、とても面白かった。


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「ファンタスティック・江戸絵画の夢と空想」展 [展覧会(日本の絵)]

「面白いのやってるから、連休に行きましょう」と、同僚に誘われて
府中市美術館へ「ファンタスティック・江戸絵画の夢と空想」を見に行った。
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府中市美術館は、京王線府中駅からバスに乗って5つめの停留所「美術館前」で
降りる。緑に囲まれた大きな公園の一角にあり、五月の風が気持ち良かった。

「ファンタスティック」なので、、奇想天外に面白いものがいろいろあった。
展示は、作品を自然現象、山水、天文、面白い動物、妖怪とセクションに分けてあった。
まずは、自然現象のなかでも「月」を取り上げた掛け軸で始まる。
森一鳳の「満月図」、柴田是真の「三日月図」、円山応挙の「残月牽牛花図」と、
同じ大きさの掛け軸でも、月が満月、三日月、残月と順に欠けて行く展示。
いきなり、是真、応挙と好きな画家の作品が登場でうれしい。

そして、さすが応挙!と感心したのが、「雲峰図」。
画面には、夏雲の一番上のところだけが「もくもく」というようすで描かれていた。
薄墨色の大胆な雲が、入道雲を思わせる夏らしさ。

宗達調の四季の花の金屏風。堂々と豪華な「伊年」印の6曲2双。
季節に関係なく配置された花々。左上に垂れ下がる藤が、左曲の画面を締めている。
美しいので、しばらく眺めていた。
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谷文晁の山水画の前で、友達が、「これは、本物よね」とくすっと笑って言うので、
「何で?」ときくと「鑑定団(TV番組)で、一番多く出てくるのが、谷文晁の偽物なの」

白い小鳥がたくさん配置され舞っている絵、でも、あり得ない配置と笑うと、夢を絵に
したものとの説明書き。「日々歓喜図」岡本某。その横に、同じ小鳥の群れでも真ん中に
ぴっと光を放つほど見とれる写実の青い鳥。これも応挙。「群鳥図」

たしかに面白い。こんな絵があったの!と笑ったり驚いたり。
応挙の写実に感心していたら、こんな絵もあった。「地獄変相図」。閻魔大王が主役。
お寺のために描いたそうだけど、応挙は何でも描けるんですね。
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この応挙の絵を参考にして描いた酒井抱一の「地獄図」が横に展示されていた。

歌川国芳のギャグに富んだ絵は、いつ見ても面白いので好きだ。
「道外化もの(どうけばけもの)夕涼み」、化け物の仮面を被った人たちの夕涼み風景。
ゆかたの柄が粋。

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歌川国芳と国貞は兄弟弟子で、今、Bunkamuraで、「俺たちの国芳、私の国貞展」を
やっているが、二人とも浮世絵の名人。特に国芳は武者絵に優れ、国貞は美人画が
人気だった。国貞が歌舞伎の場面を描いた「豊国奇術競」の「鳴神上人」は人目をひく。
「鳴神上人」が、雲の絶間姫を追いかけて行くところ。火災の衣装。

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応挙はすばらしいと讃えたが、応挙の弟子の「蘆雪」の「蓬莱山」は重要美術品指定の絵。
遠近法の三角形構図。蓬莱山は中国伝説にある仙人が住むという桃源郷。
白砂青松の海。砂浜ではカメが行列。空には鶴が飛び、仙人が鶴にのっている。

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蘆雪の「朧月図」
白い鳥たちが飛び交う空。月と雲のまわりを淡墨で外隈を描いているのでくっきりと浮かぶ。
青みがかった墨が月明かりの感じを出している。幽玄な世界。
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チラシの「虎の絵」も芦雪 は蕪村だが、これは前期の展示なので、今回は見れなかった。

富士山といえば、北斎。「富士越竜図」は大きい水墨画。
かなり縦長の富士。その上を天に上る竜。竜の通った道筋が黒いのは雲竜。
手前は海の波なのだろう。画面の左上、佐久間象山がつけた漢詩に、「海から現れた竜」とある。

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現在、都美術館で「若冲展」が開催され人気の若冲の「乗興舟」、11mの絵巻物。
この絵が描かれたのは、「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」24幅を、相国寺に寄進した2年後。
相国寺の和尚から誘われ、京都伏見から大阪の天満橋までの夜の淀川下り舟に乗った。
和尚が詠んだ詩に、若冲が絵を描いた。

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若冲の墨絵「亀図」もよかった。灰色の亀の甲羅は筋目がきで描かれ、藻亀なので、
毛のような藻が、墨の一筆で、さっと描かれていた。

他にも、印象に残った絵がたくさんあった。
狩野芳崖の「鷹雀図」は、鷹と雀が仲良く群れ飛んでいる図。夢で見た情景を描いたそうだ。

是真の「月下布袋図」は布袋様だから、さくっと描かれ愉快。
曽我蕭白「後醍醐帝笠置潜逃図」は、どこに天皇が?まさか、この裸足の痩せた男の人が。
逃げる途中、山の中で笠を置き佇んでいる後醍醐天皇。傍らの木の根元に腰を下ろし休んで
いる烏帽子を被った2人は御付きの者。

東東洋「富士・足柄山・武蔵野図」は3福の掛軸。
左は太った鹿、中央が富士山、右が山桜。ゆったり、のんびりした風景。
東東洋は、初めてきいた名前だが、他にも風景画が展示されていた。

司馬江漢の「天球図」(地球)やオランダ風景を描いたものなど、江漢の作品が一番多かったが、
私は応挙、蘆雪の絵が良かった。
いろいろとバラエティに富んでいて、楽しく面白い展覧会だった。


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